自分を育ててくれた店の店長に
諫早市の中心に位置する「アエル中央商店街」。この場所で34年続く「トミーズ」は、子どもからお年寄りまで多くの人に愛される、ハンバーガーとクレープのお店。
現在、店長を務めるのは2代目の陣野真理(じんの しんり)さん。高校時代まで諫早で過ごした陣野さんは、その後福岡の九州大学芸術工学部に進学、デザインと工学を学んだ。その後、周囲の友人たちが就職活動をして一般の企業に勤める傍ら、陣野さんは実家の「トミーズ」を継ぐことにしたという。
▲ハンバーガー&クレープショップ・トミーズ
「両親が開いたこの『トミーズ』があったおかげで、自分は生活してこられて、大学に進学もできたんです。でも僕が帰ってくるまで、つぶれてしまうんじゃないかというくらい、売上はとんでもなく悪くて。でも、僕はここでずっと過ごしてきたし、ここに育ててもらったようなものだから、やっぱりそれはいやだなと思ったんですね。」
そんな状況に陣野さんはどう立ち向かったのか。そこには、大学で学んだ「デザイン」の力があったといいます。
「僕は、初めて買うものに関しては90%くらいがデザインで決まるんじゃないかと思っているんです。なので、まずはメニューを作りなおしました。その翌年から、売上が倍とはいわないまでもかなり伸びたんです。その後店舗のリニューアルもしましたね。メニューも、店舗の内装、外壁、看板も自分でやりました。」
▲陣野さんがデザインしたメニュー
「諫早に戻って、購買意欲のわかない広告が多いなと感じたんです。自分の店の良さを理解して、それを発信していく、プラスアルファのデザインが必要だと感じました。また、きちんとした企業であれば、うちのターゲットはどこで、とか、うちの魅力は何で、とか、CI(コーポレートアイデンティティ)はこれで、とかありますよね。そういうものが地方には不足していると感じました。偉そうにいうと、勉強不足というか…。本当はすごく良いところがあるのに、自分の店の良さを分かっていないところが多いんです。これってすごくもったいないですよね。」
▲陣野さんがDIYした机と本棚が置かれている店内
商店街=お店の集まり?
陣野さんは、トミーズの店長になった後、2014年4月から2016年3月まで、アエル中央商店街の活性化委員長を2年間務めた。そこで商店街というものの本質に気付いたという。
「商店街は、3つのとらえ方があると思うんです。1つは『お店の集まりとしての商店街』。1つは補助金の受け口としての『組織としての商店街』。もう1つが、『地域の交流の場としての商店街』です。」
▲アエル中央商店街
はじめは商店街を『お店の集まり』としてとらえてイベントを行っていたという陣野さん。当時は、イベントをすることでお店の売上をどう上げるか、ということを意識した施策を打っていたそうだ。しかし、活動をする中で、商店街とはそういうものではない、と気付いたという。
「こんな市街地の中心部に、こんなフリースペースがあるというのは商店街くらいしかないんです。ここでイベントをすればお店の人たちもいて、一緒にイベントに参加してくれる人たちがいて、さらにフリースペースがあって…こんな場所は商店街しかあり得ないですよね。だから僕は商店街を『地域の交流の場』としてとらえています。そしてどうやったらこのフリースペースを上手く使えるかな、と考えるようになりました。この場に人が集まって、そこに来てくれたお客さんがついでにお買い物もしてくれたらいいなと、そういう風に考えだしたら、ここでイベントをしたいという人たちが集まってきたんです。」
▲商店街そばにある諫早市役所前の中央交流広場
「例えば、マイケル・ティー・ヤマグチさんという長崎出身のお化け屋敷プロデューサーの方がプロデュースして下さって、商店街の空き店舗でお化け屋敷イベントを開催しました。他にも、商店街に机と椅子を並べて、地域の方が先生として教えてくれるような工作教室もやりました。野外コンサートや、地元の学童保育を集めて綱引き大会もしましたね。」
▲商店街で行われるイベントの広告も陣野さんがデザインしている
「スペースの問題もそうですけど、こういうのって商店街じゃないとできないんですよね。これをどこかの企業がやると、またちょっと変な感じになるというか。工作教室をやります、といっても、何か売りつけられるんじゃないか、なんて思っちゃったり。でも商店街でこれをやるからこそ、気持ちの面でも上手く成り立つのではないかなと思ってやっています。」
▲綱引き大会の様子
▲工作教室の様子
地元に貢献するイベントを
陣野さんは、現在諫早グルメフェスティバルの実行委員長も務めている。今年で3回目となるこのイベントの開催には、こんな背景があったという。
「飲食店ってこれまで自分が出店してきたイベントにとって、おまけであることが結構多くて。それが嫌だったんですよね。自分たち飲食店だけでもお客さん呼べるぞ!と。それで何人かに声をかけたのが始まりです。最近はいろんなところにグルメのイベントがたくさんありますよね。でも、開催地に全国各地からお店が集まってやっているところが多いんです。でも僕は、地元のお店以外は絶対に出さないグルメイベントがやりたかったんです。なぜかというと、地域の中でお金を循環させる、ということが大事だから。」
▲トミーズのキッチンにて
当初、周りの人たちからは、他県の有名なお店にも出てもらえば、集客効果があるのではという案も出たという。しかし、それをやってしまうと、自分の地域を否定することになると思った、という陣野さん。
「みんな、地元のお店だけだとお客さんが集まらない、と思っていたんですね。うち(諫早)にはいいものがないから、どこかからいいものを連れてこないと、いいイベントができないよね、と思っていた。けれど、僕はそれは違うと思ったんです。自分自身も飲食店をやっているし、まわりにもいい飲食店がたくさんあるのを見ていて、そんなことはない!と。なので、自分たちだけでもお客さんを呼べます!といって、そこをとにかく大事に、食材も地元のものを使おう、といって始めました。」
しかし、当初は出店するお店が集まらず、苦しい状況だった。
「地方ってイベントの出店料がとにかく安いんですよ。そんな中で、もちろん東京や他の都市に比べたら安いんですけど、諫早でいうと高い!という出店料だったので、お客さんも来るか分からないのにこんなに払えるか!といわれて、全然お店が集まらなくて。そんな中、こういう思いでやっているんです!と1軒1軒回って口説いて、29店舗が集まりました。お客さんも、2014年の1回目は約1万2~3千人、2015年の2回目は2万人くらい集まったんです。2年目、全体では1,500万円くらいの経済効果がありました。それも全部地元のお店だけで構成しているから、それが税金として諫早市に落ちるし、お店が盛り上がれば、そのお店そのお店で雇用が増えるということにもつながります。微力ながら、地域に貢献できているのかなと感じています。」
▲過去のグルメフェスティバルの様子
「地域活性化を枕詞にして、補助金をたくさんもらって、その場限りのイベントをして、人がたくさん集まって楽しかったね、ハイ終わり。結局どうやって地元に貢献しているんですか?というイベントが世の中にはいっぱいあるんです。それはそれで、地元の人の楽しみという面ではいいのでしょうけど、僕としては、たくさんの補助金を使って…それでいいの?という思いがあります。なので自分のイベントでは、地元の経済に貢献できるものをやりたかったという思いがありました。」
本当の地域活性化とは?
自身の店のみでなく、商店街活性化委員長やグルメフェスティバルの実行委員長と、街を盛り上げるために様々なことを行ってきた陣野さん。そこに至った理由は何だったのか。
「改めて考えてみると、諫早の人たちがずっとトミーズを使ってくれて、この店が残っているから、いままで生きてこれたな、と。どうにかしてお返ししたいな、と思ったのがきっかけでした。活性化委員長も、グルメフェスティバルも、全部やっぱりスタートはそこですね。諫早に住んでらっしゃって、ずっとトミーズを使ってくれた方たちに、直接割引しますよ、とかそういうことではなくて。皆に還元できるようなイベントをすることで、恩返しをして、それで諫早の人口が増えていけばまたトミーズに帰ってきてくれるから、街全体でそういう循環を作りたいなと思っています。」
「10年くらい前、安ければいいというような時代には、とにかく世の中には安いものが溢れていて、おいしいものを食べようと思っても、無かったような気がします。今は二極化してきて、うちもそうですが、家族連れとかが食べやすい、価格の安い商品と、ちょっと旅行に来たりとか、いいものが食べたいな、という人のための商品があります。例えば激安スーパーなんかはものを安く売っていますけれど、商店街は高くてもいいから、いいものを売るお店でないといけないですよね。安さの競争では大手チェーン店には勝てないですから。」
▲こだわりの長崎和牛バーガーは“いいもの”を求める方に
「交流人口が増えて、たくさん観光客が来ると、それが活性化なのかな?と思っちゃいますけど、そこに人が住んで、子どもを産んで、継続的に循環していかないと、活性化ではないと思います。ある施策を打って旅行者がたくさん増えましたといっても、結局旅行者というのは、次に何か面白いものがあればそちらに行ってしまう。ですから定住者を増やさないことには、その場限りですよね。」
では、定住者はどうすれば増えていくのだろうか。陣野さんの考えは、“ここじゃなきゃダメ”にどれだけ気付いてそれを発信できるか、ということだった。
“ここじゃなきゃダメ”
陣野さんは、トミーズの店長になる前にお遍路に行った。四国の霊場88か所を巡る旅だ。他の地域と同じく、四国も過疎は深刻だったという。しかし、高知の海岸線で不思議な光景を見たのだそうだ。100キロほど海岸線を歩くなか、そのほとんどが過疎でほぼ人が住んでいない状態の地域であるにも関わらず、ある場所だけ若い人々が多く住んでいたのだ。
「これが何故だか分かりますか?それは“ここじゃなきゃダメ”がそこにはあるからなんです。その海岸には、すごく良い波が来るそうなんです。良い波を求めているサーファーたちがそこに集まってきて住んでいたんですね。」
▲サーファーがたくさんいたという海岸
これこそが定住者を増やすヒントであると陣野さんは語る。
「“ここじゃなきゃダメ”があれば、ここに住まないわけにはいかないですよね。ここにしか無い仕事がある、ここでしか食べられないものがある、ここでしかできない生活スタイルがある…そして呼ぶ側はそれをどれだけ発信できるか。それが大事だと思います。」
そしてそれにはひとつポイントがあるという。
「ポイントは、作り出してはダメ、どれだけ気付けるか、ということです。“ここじゃなきゃダメ”は、小手先のアイデアではすぐにメッキがはがれてしまいます。ですからまずは、住んでいる自分たちが、無い物ねだりではなく、あるものに気付くこと。そしてそこから“ここじゃなきゃダメ”に育て上げること。それが人口を増やす鍵だと思います。」
諫早の人の胃袋を掴みたい
今月、4月24日(日)には、第3回諫早グルメフェスティバルが開催される。過去最多の40店舗が出店する今回のイベントにも期待が高まる。
▲第3回諫早グルメフェスティバルの店舗一覧(詳しくは公式facebookページをご覧ください)
「このグルメフェスも、できれば諫早の人に来てもらいたいと思っています。そこで地元のものをいいと思ってもらって…胃袋を掴むってよくいいますけど、本当にそれだな、と。こういったことの積み重ねで、“ここじゃなきゃダメ”を感じて、そこに住もう、と思うのかなと感じています。お取り寄せとは違う、できたての魅力がありますしね。」
地元の方に、この街の良さに気付いて頂くということ。簡単そうで実はこれが一番難しいことなのかもしれない。しかし陣野さんは、諫早に“ここじゃなきゃダメ”を見いだし、それを力強く発信している。この街の魅力を改めて知る機会として、地元の方もそうでない方も、是非諫早グルメフェスティバルに足を運んでもらいたいと思う。
今後も、諫早での陣野さんの取り組みに目が離せなさそうだ。