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2017年3月15日 Furusato

ここでしか食べられないチーズを作りたい。夢を求めて愛媛県内子町へ

イタリアチーズの王様と称されるパルミジャーノ・レッジャーノ。東京の大手通信会社で働いていた國分茂樹さんは、旅先のイタリアで食べたパルミジャーノに感激し、「日本でおいしいチーズを作りたい」と心に誓いました。目指すチーズ作りに適した場所を日本中で探し、たどり着いたのが愛媛県内子町(うちこちょう)。地元の酪農家、山田博文さん(写真右)とタッグを組み、理想のチーズ作りが始まりました。

イタリア旅行で出会った「山のチーズ」

街が一望できる山の頂上付近で牛たちがのんびりと草を食む。時折、牛の鳴き声が聞こえる以外は音のない静かな世界です。この場所から車で2、3分下ったところに、チーズ工房「醍醐」があります。神奈川県から移住した國分茂樹さんと地元の酪農家、山田博文さんが2011年に共同で立ち上げ、山頂付近で放牧によって育った牛の乳を使い、国産のチーズを製造しています。
「特にチーズが好きだったというわけではないんです。当時の仕事の“くせ”で『世間に新しいもの、より良いものを提供したい』と悶々としていて。そんな時に出会ったのがチーズでした。」
大手通信会社のサービス企画部で新商品やサービスの開発を担当していた國分さんに転機が訪れたのは2007年のこと。会社の休暇を利用して訪れたイタリアで、偶然出会ったのがチーズでした。これまでに食べたことのない深いコクと濃厚な旨み。
「日本の乳業メーカーにだまされていたと思った。 」と衝撃を受ける一方で、長年新商品開発に携わった経験から、ひらめくものがありました。「これは日本でビジネスになる。」

ehime01▲山田さんの育てる牛が放牧される場所から一望できる内子町

 

内子がつむいだ縁 酪農家と共同でチーズ工房立ち上げへ

國分さんが感銘を受けたチーズは「山のチーズ」と呼ばれるパルミジャーノの最高峰。放牧され、生草を食べて育った牛の乳のみで作られます。一方、日本の酪農では配合飼料が中心なうえ、添加物を加えないチーズは足がはやいため、全国に流通網を持つ大手食品メーカーでは、 商品化が難しいのだそう。
「日本でもその地域でしか食べられないチーズを作りたい。」そう決心した國分さんは、理想のチーズ作りができる場所を探し始めました。当時38歳。安定した通信会社を退社することを「もったいない」という人もいましたが、「新しいことにチャレンジするなら今が最後。」という思いが背中を押しました。
寒い地域では、年間を通して牛を放牧し、生草を与えることができません。國分さんは温暖な瀬戸内地域を回り、原料となる生乳を提供してくれる酪農家を探しました。いくつかの県で自治体の担当者に夢を語りましたが、酪農家を紹介してもらうことはできませんでした。それもそのはず、酪農家が搾乳した生乳は指定団体に販売を委託することが義務付けられており、酪農家が独自に販売をすることはできないのです。
訪れた地域には担い手を失い、閉鎖された牧場がいくつもありました。「チーズを作りたいのなら、ここで酪農をやればいい。」と提案されたこともありましたが、経験のない酪農を一から始めていては、いつチーズ作りに着手できるか分かりません。

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途方に暮れる國分さんに「酪農家の意見を聞いてみよう」と手を差し伸べたのが、内子町でした。町の農村支援センターの担当者が地元の酪農家、山田さんに生乳の提供が可能かを問い合わせたところ、返ってきたのは想定外の答えでした。
「私と國分さんが一緒にチーズを作れば可能です。」
酪農家が独自に生乳を販売することはできませんが、生乳を加工して販売すれば問題ありません。くわえて、山田さんは県内で唯一、放牧で牛を育てる酪農家であり、若いころからチーズ作りに興味を持ち、チーズ作りに必要な道具をコツコツと揃えていたのです。
「こんな人がいたのか。」偶然すぎる出会いに國分さんが驚きを受けると同時に、山田さんも不思議な縁を感じていました。
「1億人も人口がおったら、同じことを考える人がおるもんやと思ったよ。」

ehime03▲放牧によって育てられる乳牛。牛舎から山頂の草地まで上り下りするため、しっかりした足腰が特徴

 

「ここで生計を立てられるのか」チーズ作りに猛反対した担当者の真意

内子町への移住を決めた國分さんは北海道や宮城県でチーズ作りを学び、2011年4月に山田さんの牛舎のすぐそばに立ち上げた工房で、チーズ作りを始めました。
一般的な量産型のチーズは安定剤で微生物を殺し、大量生産と全国での流通を可能にしていますが、「醍醐」では乳酸菌による自然発酵のみでチーズを作ります。牛舎の隣に工房があるため、生乳が輸送によって劣化することもありません。小さな工房だからこそできる工夫を積み重ね、2012年2月に町内の道の駅「内子フレッシュパークからり」での販売にこぎつけました。

ehime04▲全国のモデル道の駅にも選ばれた「フレッシュパークからり」

半年後には県内のレストランで使用されるようになり、1年後には松山市や今治市のスーパーでも取り扱いが始まりました。現在では4種類のチーズを週に計800個製造していますが、次々と舞い込む取引の依頼に応えるため、今秋には工房を改装して増産体制を整えます。これまでは山田さんの牛舎で採れる生乳の3分の1程度を使用していましたが、11月からは生乳の全量をチーズ作りに使用する計画です。

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▲都内の特設売り場で販売する國分さん。味わいが評判を呼び、首都圏での販路も広がっている。

國分さんが内子町に移住して5年半が過ぎました。
「移住したことで失ったものは大きいし、苦労も増えました。でも、チーズを作り始めたからこそ知り合うことができた人、得られたものもあった。人生としては良かったと思います。」

5年半をこう振り返る國分さんの移住ストーリーは、順調そのものに見えますが、実は内子町の農村支援センターでチーズ作りの夢を語ったときには、担当者から「やめたほうがいい。チーズで儲かるわけがない。」と猛反対されたそうです。 最終的に賛同を得られたのは、山田さんの協力を得られ、モデルケースにも選ばれるほど、 知名度の高い道の駅「からり」で販売できれば 収益が上がりそうだと判断された後のこと。当時は、地方自治体が少しずつ移住促進に取り組み始めた時期で、移住支援策を並べて、とにかく移り住んでもらうことを優先する自治体が多かったといいます。そのなかで内子町は「『こんな支援策があります』とは一切言わなかった。それどころか、僕たちが内子で生計を立てられるかどうかを考えて対応してくれた。」と國分さんは振り返ります。

 

田舎で暮らすことができるのは、知恵と技のある人

ehime06▲工房の側に新築した國分さんの自宅

國分さんは、これから移住を考える人には「移住を目的に移住をすると失敗する可能性がある」と警鐘を鳴らし、田舎での暮らしをこう説明します。
「お金をもうけないボランティアの需要はたくさんあるけれど、『何でもやります』でお金を稼ぐことは簡単ではありません。そして、都会と同じような暮らしをしようと思うと生活コストはかかります。田舎で生活費がかからないというのは、自分たちで物事を解決するノウハウを持っている人の台詞です」
移住前に住んでいた神奈川県では、生活インフラにトラブルがあれば行政などが即座に解決してくれていました。しかし、内子町では大雪によって工房近くの道路が通れなくなったときに活躍したのは、町の除雪車ではなく、山田さんが所有する重機。「都会の人にはない、生活に必要な知恵や蓄積が田舎の人にはある」といいます。田舎から都会に出ることが成功者とみられがちでしたが、國分さんの見方は違います。
「田舎でずっと暮らせる人はそれだけの知恵と技を持っている人。都会のようにインフラがないから、みんなで助け合う。田舎で暮らすことができるのは、実はとても優れた人なのではないでしょうか。」

 

おいしいパルミジャーノを目指して続くチーズ作りへの挑戦

取材を終えたあと、道の駅「からり」を訪問しました。地元で採れた野菜や果物がずらりと並ぶ「からり」の店内には、「醍醐」のチーズ専用コーナーが設けられています。毎週金曜日に納品し、1週間でほぼ全量が売り切れる人気ぶりです。

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一番上の棚に並ぶのは、夢を実現する舞台となった内子の名前を取った「UCHIKO180」。6ヶ月(180日)間、長期熟成させることで旨みを凝縮させたセミハードタイプのチーズです。このほかに、トミーノ、リコッタ、モッツアレラの4種類が並びますが、実はチーズ作りのきっかけになったハードタイプのパルミジャーノの商品化にはまだ至っていません。
「誰が食べてもおいしいというチーズ。そして、日本で誇れるナチュラルチーズを作りたい。今後の目標をこう語る國分さんですが、ひとつの確信もあります。「醍醐」で使う素材は旨みが濃く、おいしいパルミジャーノを作り上げる自信はあるんです。」
夢のチーズにたどり着く日は、そう遠くないかもしれません。

ehime08▲夢のチーズを目指す「醍醐」

取材先

チーズ工房「醍醐」代表 / 國分 茂樹(こくぶん しげき)

1973年生まれ、神奈川県出身。東京の大手通信会社で新サービスや新商品企画を担当していたが、2007年に旅行先のイタリアで食べたチーズに感銘を受け、自分の手でチーズを作ることを決意。2009年に内子町を訪れ、地元の酪農家、山田博文さんの協力を取り付け、2011年に妻とともに内子町に移住。チーズ工房「醍醐」で国産ナチュラルチーズの製造に取り組んでいる。
チーズ工房「醍醐」の情報はこちらhttp://www.daigocheese.com/

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