地域が積み重ねてきたイメージにとらわれなかった、いちご姫
青森県田子町で地域おこし協力隊(以下、協力隊)、通称「いちご姫」として活躍する川名美夏さんは兵庫県生まれ。横浜に暮らし、会社員として働きながら、テレビ番組の影響もあって定年後の田舎暮らしや農業に憧れを持っていました。
「でも別に60歳を過ぎてからじゃなくても、田舎暮らしってできるんじゃないかと考えるようになったんです。思いきって、横浜からぐんと離れた場所がいいなと思っていました。」
移住を視野に、川名さんは45歳の時に青森市を旅行で訪れました。青森県を訪れたのはこの時が初めてでしたが気に入ったこともあり、県全体に広げて新規就農が可能な移住先を探し始めます。年齢制限もあって新規就農の支援制度からは対象外でしたが、川名さんにはそれよりも大事なポイントがありました。それは苺が栽培できるかどうかです。どうして苺だったのでしょうか。
「子どもの頃から苺が大好きなんです。田子町に来ることが決まってから、苺をイメージさせる真っ赤な車も買ったくらいです(笑)。家庭菜園の範囲で自分でも育てていました。苺は株が小さいのでりんごよりは育てやすいんですよね。それに誰もやってないことをやったほうがいいと思って。」
苺への愛情たっぷりの川名さんは、時には役所や観光農園に電話をかけて、苺栽培の環境があるかどうか、生産者の有無などを尋ねました。そのほとんどが空振りに終わる中、ふとしたきっかけで田子町の地域おこし協力隊募集が目に留まります。活動分野は農林畜産業の活性化。6次産業化の推進も業務に含まれるため、苺栽培への意欲と趣味で培ったお菓子作りの技術を活かすにも最適な環境です。
調べていくと、町内には苺農家が一軒だけありました。この生産者に相談したところ、隣の南部町に苺栽培の手ほどきをしてくれる、後に川名さんの苺の先生となる生産者がいることも分かりました。
「わからないことがあればとにかく聞きます。やってみたいことがあれば、可能性はともかく言葉にしてみるのですが、なんとかなっている。昔からそうなんですよね。」
そう言って笑う川名さんの持ち前の行動力と明るさは、「青森なのに、いちご」という発想を実現しただけでなく、町民をも巻き込みながら、様々なアイディアを形にしています。
町の遊休施設を活用し「Takko cafe」をオープン!広い厨房とテーブルも町民に開放
川名さんは2014年11月に田子町の協力隊に着任。苺の先生や地域の方の協力もあり、畑を借りて苺栽培をスタートさせることはできましたが、6次産業化のための製造許可のとれた加工場を探すのに苦労しました。
「協力隊としては6次産業化推進担当なので、町産品を加工し、その商品の通販を考えていました。そのための加工場を町内あちこちで探していたんですが、なかなか見つからず焦っていました。そんな時に、町長に今の場所を教えてもらいました。当初は飲食店をやるつもりはなかったので、空いた飲食店の厨房は対象外にしていたんです。最初にここを見た時は、もともと飲食店だったので厨房は立派でしたがそれ以外も広くて。それでもう客席も利用してカフェをやるしかないと決めました。」
2015年10月にオープンした「Takko cafe」では、自身が育てた苺のほか、町産のにんにくやりんご、えごまなどを使ったケーキや焼き菓子、ドレッシングなどを、製造から販売までしています。特にお土産として好評なのは「にんにくスマイルクッキー」。クッキー型は地域の木工店に、特別に作ってもらった木枠の型です。
さらに川名さんは、町民も使えるシェアキッチン「Takko cafe club」も始めました。カフェの厨房に、いくつかの製造許可を追加で取得。会員となった30代から60代の女性約30名が、このキッチンで作ったお菓子や漬物を、イベントや産直などで販売できるように整備しました。「にんにくスマイルクッキー」も、クッキー型を共有することで、会員によって様々な場所で販売されるようになったそうです。
そしてもうひとつ、この広いスペースを有効活用しようと、こんな取り組みも始めました。
「要望があって、“アトリエ貸し”を始めました。手芸とか書道とか、集中して何か作業したいとか、お子さんと一緒に宿題をするとか、そういう時にテーブル単位で貸し出しています。利用料は無料ですが、飲食の注文をしてもらえますし、せっかく広いので活用してもらえるのがこちらもありがたいんです。」
お客様が少なくなる冬にはカフェでケーキ教室も開いている川名さん。農閑期の女性の楽しみにでもなれば、と始めたそうです。当初は借りるのに躊躇した広いスペースですが、今では様々な場面で活用されています。
シェアキッチン会員も出店。田子町初のマルシェ「タプコプマルシェ」
2016年10月には、カフェからすぐの「タプコプ創遊村」で「タプコプマルシェ」という手作り品の展示販売や体験ができるイベントを開催しました。「タプコプ創遊村」は、移築された5棟の古民家で手焼きせんべい作りやこんにゃく作りなどが体験できる観光拠点です。
マルシェの出店者はSNSで呼びかけたり、川名さんが八戸市のクラフトイベントに出かけて声をかけたり、「Takko cafe club」の会員から募るなどして35店を集め、開催2日間の来場者は800人にものぼりました。開催へのきっかけを尋ねると、ここでも“シェア”に通じるものがありました。
「カフェがオープンして宣伝はするものの、なかなかお客さんが来なかった時にずっと外を眺めていて、もっとこの景色をいろんな人に見てほしいと思ったのがきっかけです。桜の時期も紅葉の季節も素晴らしいんです。周りの人に聞いてみたら、田子町にはマルシェと名のつくイベントがなかったので、やってみようと。今は10月開催の3回目に向けて準備中です。来年の前半はできれば桜の時期にやりたいですね。桜が咲いたピンク色の風景もとっても素敵なので、ぜひ大勢の方に遊びに来てほしいです。」
田子町でこれから考えていること
今では協力隊として顔と名前が知られるようになった川名さん。田子町の暮らしについてその魅力を話していただきました。
「任期終了が今年(2017年)の10月なので、終了後を気にしてくれる人がいたり、カフェの経営を心配してくれる人がいたり、皆さんによくしてもらっています。人の温かさが魅力ですね。それに協力隊の肩書きがあってよかったと思います。地域に入りやすいというのもありますし、広報に原稿を書いたり、ケーブルテレビにも時々出ているので顔が知られてきました。何かしたいと思って相談にいっても話を聞いてもらえます。」
縁もゆかりもなかった田子町に飛び込んだ川名さんですが、今後考えていることについて話が途切れませんでした。今は田子町のブランド牛「田子牛」の皮を使った牛革キーホルダーの商品化に向けて動いています。なかなか一筋縄ではいかないようですが、普通であれば素通りしたり、諦めてしまうようなことでも、川名さんにかかるとあっという間に素材の持つポテンシャルが引き出されます。最後に、今後の活動について伺いました。
「Takko cafeを“作って遊べるカフェ”にしたいと考えています。「タプコプ遊創村」の体験は週末や休日だけの予約制なので、平日にいらっしゃる方にも、ふらっと訪ねてくる方にも田子町を楽しんで帰ってもらえるよう、いろいろ準備をしています。」
川名さんの行動力に期待です!
※この記事は2017年8月時点の取材に基づいた内容です。