無農薬米からトレーサビリティのあるエタノールを製造
プロジェクトの発端は今から15年ほど前。「もっと米を作りたい」、「農作物をつくるのと同じように、エネルギーの自給自足ができないか?」と考えた農家チームの思いがきっかけとなって始動しました。休耕田(有効活用されていない田んぼ)を耕し、家畜のエサとして利用される飼料用米を栽培。収穫した米に発酵技術を用いてエタノールを製造し、トラクターなど、農機具のエネルギーとして利用するのが当初の計画でした。
視察やマーケティング、実証実験を重ねること数年。採算性の兼ね合いもあり、「エネルギー利用よりも高付加価値な活用方法を」と、現在は無農薬米でできたトレーサビリティのあるエタノールとして、化粧品の原料になっています。
米を様々な資源に変えながら、最後は食卓の米へ
「マイムマイム奥州」というチーム名でこの循環プロジェクトに取り組むのは、市内の農事組合法人アグリ笹森、松本養鶏場、農家民泊まやごや、そして東京に本社を、市内にラボを置く株式会社ファーメンステーションの4者です。
アグリ笹森が栽培した飼料用米をファーメンステーションが発酵、蒸留し、エタノールを製造。その残さとなる米もろみ粕は、お米でできた石けん「奥州サボン」の原料として利用されるほか、松本養鶏場でニワトリのエサにも。発酵エサを食べたニワトリの糞は、発酵鶏糞として良質な肥料になります。この鶏糞を使い、マイムマイム奥州の代表でもあり農家民泊まやごやを主宰する及川久仁江さんが食用米を栽培。「マイムマイム米」と名付けられた減農薬米は、民泊に来たお客さんからも大好評。首都圏でもファンが増え続けています。
米を様々な資源に変えながら、最後は食卓の米へと完全循環を遂げたマイムマイム奥州。立ち上げ当初からプロジェクトを見守ってきた前出の及川さんはこう振り返ります。
「米を別の資源に利用するのは、大きなチャレンジ。プロジェクトの存続自体が危ぶまれたり、途中で震災があったりと大変な道のりだったんだけど、ようやくここまで来ました。でも、まだまだこれからいろんな人を巻き込みたいですね」
米の循環だけでなく、人も循環させたい
次はマイムマイム奥州をコミュニティとして捉え、人の循環も実現させたいと思うようになったと及川さん。東京在住でありながら奥州に通うファーメンステーション代表の酒井里奈さんの発案で、主に首都圏の人を対象としたツアーも開催しています。
「ツアーのいいところは、お客さんと話すことで、こんなきっかけでもなければ出会うことのない外の人とのコミュニケーションが生まれること。普段は違う価値観や観点で日常を送っているからこそ、ただ飲んで話しているだけでお互いに刺激になるんです」
さらに、昨年は視察ツアーの受け入れにより、国境を越えた出会いも生まれました。プロジェクトを見に奥州を訪れたのは、アメリカのエリート大学生およそ20名。アジア各国に1年間留学していた学生たちが一堂に会し、ディスカッションしながら循環の現場を見学。夜の夕食会では古民家の庭で餅つきをしたり、マイムマイム米に松本養鶏場の卵で卵かけごはんを食べたりと大盛り上がり。その後は市内の家々にホームステイし、日本の田舎暮らしを満喫する一日となりました。
「私はまったく英語ができないので、当日までどうなることやらと心配していました。でもフタを開けてみたらそんなことは関係なかったですね。地元の人と海外の人が集まって同じ温度でわいわいしてるのって、この辺ではなかなか見ることのない光景で。勇気を持ってやってよかったと思いました。また機会があったら、今度はもうちょっと自信を持って受け入れられると思います」 と、笑う及川さん。
また、マイムマイム奥州のメンバーには、東京、埼玉、和歌山、山形などからUIターンした20~30代の若者も多く在籍しています。
「最近は、若い人がメンバーになりたいと言ってくれたり、一緒に何かやりましょうと声をかけてくれることが増えて、それがすごく嬉しい。今まで地元の人を巻き込もうとしてもなかなか上手く行かないこともあったけど、ここへ来てプロジェクトの背景や魅力がやっと浸透して、実を結んでいる気がします。」
米の循環プロジェクトがきっかけでたくさんの出会いを目にし、人が循環するコミュニティまで作り出した及川さんの夢は尽きません。
「これからは地元の人も外の人も気軽に立ち寄れて、集まれるような場を持ちたいと思っています。具体的な計画はこれからですが、『おせっかいな場づくり』というテーマだけは決まっています。昔は世話を焼いたり、縁を大事にしたり、ちょっとしたおせっかいをする近所のおばちゃんが普通にいたけれど、今は人との距離感が変わってきてしまった。なくなりつつあるおせっかいの役目を、あえて引き受けたいと思っています」
マイムマイム米や松本養鶏場の卵を食べられたり、集まった人みんなで季節の野菜を作って分け合ったりと、資源循環を感じられる場にしたいと目を輝かせる及川さん。新しい場づくりによって、及川さんが繋ぐ輪はますます広がっていきそうです。