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2019年2月14日 西村祐子

手仕事と自然の中で生きる。集落の生活を守り育てる京都・丹後半島上世屋「ドチャック会議」小山有美恵さん

京都府北部・丹後半島の東南部に位置する山間の小さな村・上世屋(かみせや)。谷間に伝統的な造りの民家が点在し、周囲には高低差を活かした棚田が広がっています。それはまるで日本の原風景かのような美しい光景。その景色や生活の営みに惹かれて移り住み、この集落の新たな住民を増やす活動を行っている「ドチャック会議(上世屋定住促進協議会)」の小山有美恵さんの暮らしぶりをご紹介します。

京都丹後半島東南部、上世屋は棚田が拡がる小さな集落

京都府北部にある丹後半島。その東南部に位置する山間に上世屋(かみせや)という小さな集落があります。山間には伝統的なつくりの家屋が並び、周辺には棚田が広がっています。広葉樹も多く残る里山の林とあいまって、まさに日本の原風景といいたくなる美しい景観が広がっています。

丹後半島の山間部に位置する上世屋。伝統的な日本家屋も多く残されている

丹後半島の山間部に位置する上世屋。伝統的な日本家屋も多く残されている

現在、この集落で暮らすのは11世帯、23人。ここで営まれている自然とともにある暮らしを守ろうと、30年以上前から、ブナ林の保全、藤織りの伝承、子どもたちへの自然体験、エコツーリズムのガイド育成、棚田の保全など、さまざまな外部組織や個人がこの上世屋地域と関わっているのも特徴のひとつです。

NGO活動がきっかけで上世屋と出会い、2014年に家族で移住

ドチャック会議(上世屋定住促進協議会)の事務局を務める小山有美恵さんは、2014年に上世屋に家族で移住してきました。ですがそれよりもっと以前、まだ彼女が大学在学中の頃から国際NGOを通じて丹後半島と縁があり、10年程前から上世屋とも関わりを深めていました。

現在の彼女の仕事は多岐に渡りますが、大きく分けると米を中心とにした農家の仕事と、地元の有志で立ち上げた定住促進施策を行うドチャック会議の運営。上世屋というこの小さな集落で米づくりを中心に小さな循環で成り立つ生活を営み、維持していきたいという思いを持って活動しています。

2014年上世屋に移住した小山有美恵さん

上世屋の春夏秋冬

四季を通じて自然とともに暮らす上世屋での生活。現在、この地区は移住者が増え、11世帯のうち4世帯が30代の家族。周辺に店もなく、世代も暮らしの意識も近い仲間たちなので「みんなでひなまつりやハロウィーンパーティをしたりして自然と寄り合いも増えました」と小山さんは笑います。小山さんのお子様が今3歳。当時「26、7年ぶりに上世屋に子どもが生まれた!」と村人同士で山から木を切ってきて、久しぶりに鯉のぼりを上げたなんてこともあったそう。
小山さん一家の上世屋での暮らしは米づくりを中心に、村しごとはみんなで行い、土地の資源を活かした営みの連続です。

春は棚田の畦付け。4月後半、標高が高いこの地では田んぼの中で育苗し、5月後半に田植えがはじまります。山手の大きな田は機械を入れますが、小さな棚田では歩行型の田植え機を使って。

春の上世屋の様子

春の上世屋 育苗は田の中で行う

夏はひたすら草刈り。無農薬での米作りを行っているため、チェーン除草という手法を採用しています。

秋は米の収穫。9月頃から稲木にかけて干すための準備がはじまります。バインダーで刈って乾燥、脱穀し出荷をする忙しい時期です。粟や雑穀、豆なども収穫。また、冬の備蓄に備えて畑の世話や薪づくりもあるなど忙しい日々が続きます。

秋の稲刈り作業

秋の稲刈り作業

京都といってもここは山間部、冬は早い時期で11月後半から雪が降り始めます。積雪は2メートルほどになるる地域。秋~冬は狩猟の時期でもあります。イノシシ、シカなど旦那さんが狩猟仕事を行い、家では加工品づくり。地域内では伝統的な藤織りや紙漉きなども。ダイナミックな気候の変化と海・山が近い半島ならではの暮らしが今でもしっかり根付いて営まれています。

上世屋の冬の風景

冬の上世屋 大地が雪に覆われる

田舎の里山暮らしというと、のんびりゆったり・・・というイメージを抱きがちですが、お話を伺うと春夏秋冬、とにかくやることがたくさんあって、忙しそうという印象です。それでも、この場所も小山さんご自身にも、時間に追われるようなあくせくした雰囲気は一切ありません。

村人になるインターンで小さな営み暮らしを体感

自然とともに生活する。地方移住を考えたことのある方なら、そんな暮らしに憧れを持つ方もいるのではないかと思います。けれど小山さんからなかなかハードな上世屋での暮らしぶりを聞くと、ぼんやりした憧れだけでは難しそう、と思ってしまいます。

しかし逆に考えると、単なる憧れでしかなかった暮らし方を、これだけしっかりと既に営んでいる若い世代の人がいて、その仲間を求めていると考えるとどうでしょうか。経験者とリアルな生活フィールドがすでに目の前にあれば、自分のやれることややりたいことが明確になくても、その一歩が踏み出せる大きなチャンスともいえそうです。

「ドチャック会議」で行われている企画のひとつが、世屋地区にある移住体験施設「セヤハウス」を拠点に暮らしながら、四季折々のなりわいを自分のペースで体験できる「村人になるインターン」。

インターン期間は1泊2日の短期から1ヶ月以上の長期も対応しています。週1回定期的に世屋に訪れ、米作りを学ぶといった柔軟な運用も可能だとか。現地のコーディネーターがその時期の仕事や地域の方を紹介し、自分のイメージする田舎暮らしの可能性を模索しながら滞在することができます。

元公民館をDIYリノベーションしたセヤハウス

元公民館をDIYリノベーションしたセヤハウス

マニアックで本気なインターン募集1 牛飼い

今、この地域で一番来て欲しい人材は、なんと「牛飼い」。牛舎が空いたので、ぜひ畜産や仔牛の繁殖に関わりたい人に来てほしいといいます。稲作と畑主体のこの地で、廃業した畜産農家とどのような関連性があるのでしょうか?

ここ上世屋では、現在でも収穫したお米は乾燥機にかけるのではなく、稲木干しで自然乾燥するのが主流です。それが続いてきたのは、牛舎を営んでいた方がワラを買い取ってくれていたことも理由のひとつ。また夏に道ばたに畑で出たスイカの皮や野菜くずをバケツに入れて出しておくと、牛の餌として持って行ってくれていたそう。

牛舎や田んぼ、モノづくりといった自然に依存するここでの暮らしは、見えないようでいて少しずつ関係し合って循環していて、それが村の景観や人のつながりにも影響している。理由を聞くとなるほど納得です。

牛飼いをされていた頃の様子

マニアックで本気なインターン募集2 猟師

また、上世屋では狩猟に関するプロジェクトもスタートしています。 以前はイノシシやシカなどを捕獲しても、食肉に加工場がないため付加価値がつけられず、狩猟を仕事にするのは難しい現状があったため、2018年冬に獣肉解体施設「上世屋獣肉店」を施工、完成させました。ここで獲ったイノシシやシカを食肉として加工・販売することが可能になり、冬の生業仕事として猟師で生きる道が現実的になったのです。

2018年冬に完成した獣肉解体施設「上世屋獣肉店」

2018年冬に完成した獣肉解体施設「上世屋獣肉店」

暮らしのあり方や価値観をどう継いでいくのか?

既に移住者世帯も多いこの地域ですが、まだまだ集落全体の営みを循環させていくための担い手が足りない状況。自然や気候とともに生活が営まれるこの地では、先の牛舎の例もあるように、ひとつのピースが欠けると全体の構成に影響が出てきます。

「単なる田舎暮らし体験ではなく、できれば本気で自然と生きる暮らしに関わりたい人に長期でインターンをして学びを深めて欲しい」という小山さんの発言には、切実で熱い思いが込められています。

藁葺きの屋根にトタンをかぶせた古い家屋の前で説明する小山さん

藁葺きの屋根にトタンをかぶせた古い家屋の前で説明する小山さん

田舎の山村というと、高齢者世帯が大多数を占めるというイメージがありますが、上世屋では、既に世代交代が始まっていて、この10年で10人以上の高齢者が、近隣の市部や施設などに居住するためこの地を離れ、今や80代以上のおばあさんが1人だけ。集落の世帯もその半分が移住者世帯という、高齢化社会の一歩先を歩んでいる地域でもあります。

「この暮らしを残したい、でももう今のままじゃ続かない。」今まで村の人に教わってきた上世屋に根付く暮らしや文化を受け継ぐことに強い思いを持つ小山さん。

この地が(消費ではなく)生産の場であるということ。お互い助け合わないと成立しない棚田での米づくりを中心に育まれている村のコミュニティ。農作物をつくって、食べて、自然に返っていく小さな循環で成り立つ生活。

このような大切な暮らしのあり方や価値観を、受け継ぎ手としてどのように継いでいくのか?「世屋暮らし」Webサイトでの発信など各種専門家の知恵も借りながら、活動を続けています。

関わりしろを持ちながら、暮らすと生きるを学ぶ。

村や集落が維持していくためには、さまざまな担い手が必要です。 上世屋では、牛飼いや狩猟、米の無農薬栽培や個人林業など第一次産業を仕事にしたい人だけでなく、例えば移住促進を仕事にする人、農家民宿経営、自然体験、味噌などの加工品づくりなどを仕事にしたい人にも仲間になってもらいたいそう。

移住を検討するときに一番考える部分である「山村での生活で生計が成り立つのか?」という疑問に、小山さんはご自身の米農家での収入明細なども公開し「村で少しずつ技術を学び、やりたいこと、できることを収入源として組み立てていくと、意外と成り立つんだなという実感を得た」と教えてくれました。

最近は「関係人口」という言葉も聞かれるようになりました。この地での暮らしは自然の厳しさや、都会生活とは全く違う時間軸で動くため、カルチャーショックに近いような衝撃を受ける人も多いかもしれません。その衝撃を越えた先に何が見えるのか? 「暮らすと生きる」を学ぶことで、移住を考えるのか、かつての小山さんのように少しずつ関わりしろを増やしていくと、新しい世界が広がることは間違いありません。

上世屋の風景

取材先

小山有美恵/ドチャック会議(上世屋定住促進協議会)

奈良市出身。大学生の時にボランティア活動を通じて丹後半島に出会い、地域の人の自然と共に生きる暮らし方に憧れ卒業後に移住。20代は里山ガイド、味噌工場や森林調査、地域づくり団体事務局など様々な仕事をして地域の方々に育ててもらう。2014年に夫が脱サラし専業農家に。現在は子ども達の自然体験を主宰したり、移住促進活動にも関わる。

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西村祐子

西村祐子人とまちとの関係性を強めるあたらしい旅のかたちを紹介するメディア「Guesthouse Press」編集長。地域やコミュニティで活躍する人にインタビューする記事を多数執筆。著書『ゲストハウスプレスー日本の旅のあたらしいかたちをつくる人たち』共著『まちのゲストハウス考』。最近神奈川県大磯町に移住しほどよい里山暮らしを満喫中。

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 「風土」という言葉には、地形などの自然環境と、 文化・風習などの社会環境の両方が含まれます。 人々はその風土に根ざした生活を営み、 それぞれの地域に独自の文化や歴史を刻んでいます。

 過疎が進む中で、すべての風土を守り、 残していくことは不可能であり 時とともに消えていく風土もあるでしょう。 その一方で、外から移住してその土地に根付き、 風土を受け継ぎ、新しくつくっていく動きもあります。

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