つきあい続けたい農家さんが東和にいた。農家さんと食材に惚れ込んで岩手への 移住を決めた小原夫妻
東和町の中心部にある土沢商店街には、酒屋や洋品店、食堂など古くからの個人商店が連なります。人口減少により近年では人の往来が減っていますが、地域の方々の運営で実施されている「土沢アートクラフトフェア」というアートイベントをはじめ、商店街に人を呼び込もうという地元住民主体の取り組みが進んでいる地域でもあります。
この土沢商店街を抜けたJR釜石線土沢駅前で、オーガニックカフェ「wacco(わっこ)」を営む小原夫妻は、オーナーの俊行さんが宮城県出身で、厨房を預かる美智代さんが岩手県出身です。美智代さんは以前、東京で福祉の仕事に就いていましたが、自宅近所にあったオーガニックカフェに通ううちに、食の仕事に興味を持ち、飲食業に転職。いずれ岩手に戻ってオーガニックカフェを開きたいと考えていましたが、営業場所を東和町にした決め手は“卵”でした。
「働いていたレストランでは、卵や豚肉、雑穀などを岩手から取り寄せていました。岩手にはいい生産者がいて、こんなにいいものがあるよと聞いて、岩手いいじゃん、がんばってるなと。これは帰るしかないと思いました。特に気に入っていたのがパティスリー勤務時代にも使っていた東和町のウレシパモシリさんという農家の自然卵です。農園は実家のある北上市からも近く、カフェを開いたら私もこの卵を使いたい、この農家さんとつきあい続けたいと思っていました。そして、なるべく使用する食材の近くでお店をやりたいという思いもあり、ここにしました。」
オーナーの俊行さんは、都内で勤務しながら週末は長野県などで田舎暮らしという生活を送っていたとき、美智代さんと知り合い、彼女の夢を応援する形で岩手県に移住。現在はオーナーと兼任で、カフェの2階で学習塾を経営しています。
2014年の夏にオープンしてから、広告は出していないものの、土沢アートクラフトフェアやマルシェイベントに出店したり、口コミで評判が広がってメディアに紹介されたりしたことで、近隣の常連さんのほか、遠く市外からもお客様が訪れるようになりました。今はまだ小さなお子さんがいるため営業時間は昼間だけですが、いずれは営業時間を拡大し、夜、仕事帰りでも女性が気軽に入れる店にしたいと語ってくれました。
小原さん夫妻は東和町移住者ではないものの、東和町の農業者とは食を通じたつながりがあります。東和町の魅力について、美智代さんが話してくれました。
「東和は面白い地域ですね。古いものを大事にしながら、新しいことを取り入れる気質があると思います。新規就農者を受け入れていることもそうですし、アート活動に関連して空き家を貸す方も多いです。過去移住した人が定着して長年住んでいるという実績があるからだと思いますが、ここから車で15分ほどの私の住んでいるあたり(北上市内)も空き家は多いですが、見ず知らずの人に貸すというケースはあまり聞きません。東和町ならではだと思います。」
「子育てするには妻の実家に近いほうがいい。」子育て環境を優先して東和町で養鶏と農業に従事する和み農園の佐藤さん
前述のwaccoに野菜を提供している和み農園の佐藤さんは、東和町で就農し5年になります。waccoから車で10分ほどの場所で養鶏と農業に従事しており、移住してから小原さん夫妻と知り合いました。
佐藤さんは徳島県の出身です。前職のJICAで東京や海外での勤務経験を経て、農業に従事したいと退職。高知県で1年間の農業研修を受けた後、2010年の夏に東和町に引っ越してきました。奥様は岩手県出身でしたが、東和町は縁もゆかりもない土地でした。何が決め手になったのでしょうか。
「高知の研修時代、妻と生まれたばかりの赤ちゃんがずっと家にいる状態でした。近所の方にはよくしてもらいましたが妻にとっては知り合いも少なく、言葉の壁もありました。それで子育てをするなら夫よりは妻の実家に近いほうがいいだろうと岩手への移住を考えました。東和の物件はたまたま妻がネットで見つけたのですが、もともとお住まいだった方も東和町への移住者でした。下見に来た時に移住者の視点で周辺情報も聞けました。その後外国に行かれるということで家を売りに出されていたのですが、(東和で)とても楽しそうに暮らしていたので、ここはいいなと思いました。」
佐藤さんは若い頃に2年ほどバックパッカーで海外を放浪していたことがあります。仕事でも転勤族だったため、場所には特段のこだわりがなく、自分たちの子育てに一番いい環境を優先した結果が偶然に東和町でした。「(移住の経緯に)ストーリー性がないですよね。」と笑う佐藤さんですが、佐藤さんのように“なんとなく”という理由で東和町を選んだ移住者も多いそうです。実はアイルランドやベルギー、フランス、アメリカなど、日本人との結婚や創作活動のために東和町に住む外国人もいて、国際色豊かな一面もあります。
佐藤さんは自宅敷地内に建てたビニールハウスと近隣に借りた畑で、化学肥料や農薬を使わずに50種類ほどの野菜を栽培しています。畑のキャベツは雪をかぶっていましたが、この時期は畑にそのままにしておくことで、寒さにより甘みが増します。ご家族だけでやっているため、決して規模は大きくありませんが、野菜はwaccoのほか、花巻市内の飲食店にも提供しています。
3棟ある小屋では鶏も飼っており、「和み農園の卵」として人気があります。育てている鶏は、日本の気候風土にあうように育種改良された純国産鶏の「もみじ」。小屋の中で自由に動き回れるように平飼いという形態をとっています。
できるだけ健康的な状態で、鶏にとっても自然な形での産卵を促しているため卵の数も多くはありませんが、引き合いは多く、評判を聞きつけた飲食店や食材店が、仕入れたいと直に交渉にやってくるほどです。東和町から車で約1時間の盛岡市の食材店でも週に1度販売されていますが、翌日まで残っていることは稀です。
よそ者に対してもオープンな風土が移住者を惹きつける
今回印象的だったのは、お話を伺った2組とも、東和町全体に「よそ者に対するオープンな空気を感じる。」と話していたことです。佐藤さんは、東和町が昔、宿場町だったことにも一因があるのではないかと推測していました。藩政時代、東和町は南部藩領の南に位置しており、伊達藩との境界において重要な場所でした。釜石街道は、南部藩の盛岡城から沿岸の釜石までをつなぐ重要な道であり、東和町のあたりは人と物資が行き交う土地だったことが予想されます。このような歴史の一面が現在の風土にも影響を与えているのだとしたら、移住の際はその土地の歴史をひも解いてみるのも面白いかもしれません。