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2014年4月11日 井村幸治

「筏下り」と「じゃばら」の村、北山村 


日本で唯一の「飛び地村」「観光筏下り」と「じゃばら」、2大産業を支えるのは株式会社を核にした定住促進&地域振興策

豊かな森林資源、山々の間を流れる急流北山川…、自然に恵まれた和歌山県北山村は、日本でただひとつの「飛び地村」としても知られている。和歌山県のどの市町村とも接しておらず、奈良県と三重県に囲まれたとても珍しい立地なのだ。面積の97%は山林が占め、人口は500人弱というこぢんまりとした村の主要産業は「観光筏」と「じゃばら」だ。

 

「観光筏下り」は600年以上の歴史を持つ「筏流し」が起源

北山村の筏の歴史は古い。1605年に徳川家康が江戸城本丸の建築に北山材を使ったという記録も残っているほか、記録を遡れば600年に及ぶといわれている。

北山村はスギやヒノキといった優れた木材の産地であったが、木材の流通には筏を組み下流の新宮まで運ぶ「筏流し」しか方法がなかった。しかし、北山川の急流を下るためには筏師(いかだし)たちの特別の技が必要とされていたのだ。筏師は勇猛果敢な姿と、高い賃金で憧れの職業でもあったそうだ。

書籍
▲北山村青年会が作成した小冊子。筏師の歴史がつづられている

北山川は下流で熊野川・瀞峡と合流して太平洋に注いでいる。経済的にも結びつきが一番強いのは木材の流通機能をもつ新宮で、そのため和歌山県に属することを自ら選択した村なのである。 しかし、昭和30年代後半には北山川にもダムが建設され、木材の運搬はトラックに取って代わられた。そのままでは廃れてしまう筏師の技能を伝えるためにスタートしたのが「観光筏下り」である。

観光筏下り
▲流れの緩やかな場所では、両岸の景色も堪能できる

日本でも唯一の「観光筏」は、手すりを取り付けた専用の筏に乗って激流を下るというスリル満点のアトラクション。ライフジャケットは着用するものの、水しぶきがかかることもある。そのため5月~9月の夏場だけ運行されている。逆にいうと、オフシーズンには筏師たちの仕事がなくなるということでもある。筏師の雇用を確保しつつ、人的資源をうまく活用する…その課題を解決するために設立されたのが観光開発を中心として事業運営を行う北山振興株式会社だ。

「筏師」たちも、複数の仕事をこなして村を支える

北山村役場観光産業課の三浦俊夫さんにお聞きした。

「平成24年に設立された北山振興株式会社は村が全額出資する民間会社です。それまであった財団法人北山村ふるさと振興公社の解散に伴って、筏師後継者育成の受け皿として設立されたもので、観光筏事業以外にも村の行政業務の一部を受託するかたちで運営されています。全国から募集された筏師たちは、オフシーズンや観光筏の仕事がない日には、じゃばら農園での栽培管理、じゃばら加工工場での作業、森林整備、ごみ収集、おくとろ温泉の運営などにも携わっています」とのこと。現在では10名以上の筏師を抱えるようになり、それぞれがいくつもの役割を担いながら村の産業やインフラを支えている。

移住の成功のためには「職と住」の確保が重要だといわれるが、北山村の場合は「筏師」を核とした「職」をつくりだすとともに、公営住宅を整備して「住」もサポートしている。都市部からの移住者を積極的に受け入れることに加えて、村を支える人材として活躍できる仕組みを作ったところが北山村の最大の特徴だろう。

(詳しくは筏師へのインタビューも参照ください:https://cocolococo.jp/1052)

 

道路
▲ダム湖にはエメラルドグリーンの水が満々とたたえられている

「邪気を払う」ほどの酸味から名前がつけられた、北山村原産の柑橘が「じゃばら」

北山村のもうひとつの主役は「じゃばら」だ。

その名前からアコーディオンや曲がるストローに使われている「蛇腹」をイメージする人も多いかもしれないが、「じゃばら」は北山村原産の柑橘類で、独特の風味と、味わい深い酸味をもつ果物だ。

じゃばら

「じゃばら」の原産地は和歌山県北山村から三重県熊野市にかけてのエリアだとされ、地元に江戸時代から存在していた「ゆず」と「九年母(くねんぼ)」、「紀州みかん」などの柑橘類が自然交配して誕生した、自然雑種の「香酸かんきつ」だ。「邪気を払う」ほどの酸味をもつことから「じゃばら」という名前が付けられ、昭和54年に農林水産省に種苗名称登録許可を得て北山村の特産品となった歴史を持つ。ゆずよりも果汁が豊富で種もなく、風味が独特で、地元では天然食酢として珍重され、お正月の料理にも欠かせない縁起物だ。


▲たわわに実ったじゃばらの実

じゃばらの栽培にも北山振興の筏師が携わっているということを聞き、村営のじゃばら農園で作業をされている宇城(うしろ)さんに話を伺った。

「この村にやってきたのは5年前。以前は名古屋で美容師を10年くらい続けていましたが、Uターンというかたちで戻って来ました。夏場は筏師の仕事をしていますが、それ以外のオフシーズンはグループに分かれて「じゃばら栽培」、「林業」、「公共事業」といった色々な仕事に携わっています。僕は筏師もじゃばら栽培の経験もなかったので、先輩から教わったり、研修に出かけて学びました。じゃばら栽培は野生動物との戦いでもあります。シカ、イノシシ、サル、野ウサギなどがよく出没し新芽や葉を食べてしまうので、侵入されると大きな被害になります。動物防止にフェンスや電気柵を設けていますが、苦労は絶えないですね。山と川の村なので、冬は寒いし、夏は筏で休みも少ないし大変ですね。」

果樹園
▲宇城公輝(うしろこうき)さんは筏師でもある

大変だといいつつも、楽しそうに語って暮れる宇城さん。北山村の基幹産業である「じゃばら」の栽培と加工品の販売は村を挙げての事業であり、熟練の職人や後継者の育成も計画的に行われていることが伝わってきた。

宇城さんは奥様とお嬢さんとの3人家族。趣味はサーフィンで、三重県のビーチへ波乗りに出かけることもあるそうだ。

「昔からサーフィンが好きだったんです。車で30分も走れば熊野市の海があることも、この村を選んだ理由のひとつです。釣りも趣味で、川でのフライフィッシング、海ではルアーフィッシングと両方楽しんでします。畑で作業をしていると、今も川の水音や鳥のさえずりが聞こえてきていますし、夏場は蛍が舞飛んでいます。仕事自体も自然と向き合うことが多く、僕や家族にとっては理想のライフスタイルなんです。」という。

商品
▲じゃばらは様々な製品に加工されている。その味はぜひ一度体験してほしい。

移住者を募り、村を支える人材として活躍してもらう仕組みがある

山林に囲まれた信号機もないような狭い平地、高齢化も進み500人に満たない限られた人口、といった厳しい条件の北山村。だからこそ「筏とじゃばら」に集中した振興策を実行しているのだろう。「村を支える人材」として移住者を活用できる仕組みがあること、村が出資する株式会社を設立したことが北山村の村興し最大の特徴だ。民間会社が動くことによって、行政だけではむずかしいような臨機応変な対応も可能としている。2013年には村で唯一のコンビニエンスストアをオープンさせたほか、灯油やプロパンガスの販売も行っているのだ。

「観光筏のほかにも、ゴムボートに乗って川を下るラフティングツアーを実施する会社も誕生しています。また、かつて筏師が歩いた道をたどる“筏師の道ウォーク”といったイベントも開催しています。北山村の自然を活用したアウトドアスポーツがますます発展することをバックアップしていきたいですね」と北山村観光産業課の三浦さんは語る。このほか、北山村ではじゃばらの苗木の育成といった産業振興へも力を入れる一方、子育て支援にも手厚い政策を実施している。未来へ向けた“投資”も着実に進められている。

木材
▲北山村観光産業課の三浦さんには、筏組み立ての作業場やじゃばら農園も案内いただいた

北山村に興味をもたれた方は、まず「観光筏下り」に参加してみるといいだろう。あわせて「じゃばら」のおいしさを体験してみてほしい。人の暖かさと自然の恵みが、じんわりと伝わってくるはずだ!行政と民間会社、そして住民が一体となった村興しの姿に注目していきたい。

 

北山村観光サイト:http://farm-shiraishi.main.jp/
筏師の歴史:http://www.hagi-france.com/index.html
北山村行政サイト:http://www8.ocn.ne.jp/~nameko/

取材先

和歌山県北山村

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井村幸治

井村幸治フリーランス エディター&ライター。住宅やブライダル情報誌の編集に長年にわたって携わり、その後フリーランスとして住宅&都市開発、ブライダル、メディカル、教育などさまざまな分野での取材執筆を重ねてきた。東京、名古屋、大阪をぐるぐる2回転するという転勤&転居を経験したほか、日本各地への取材経験も豊富。飛行機に乗ること、観ること、撮ることが好き。現在は大阪府吹田市、「太陽の塔」の側に住まう。和歌山県出身。

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 「風土」という言葉には、地形などの自然環境と、 文化・風習などの社会環境の両方が含まれます。 人々はその風土に根ざした生活を営み、 それぞれの地域に独自の文化や歴史を刻んでいます。

 過疎が進む中で、すべての風土を守り、 残していくことは不可能であり 時とともに消えていく風土もあるでしょう。 その一方で、外から移住してその土地に根付き、 風土を受け継ぎ、新しくつくっていく動きもあります。

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