再挑戦で得た廃小学校の利用権。そこには「無印良品」との偶然の出会いがあった
「シラハマアパートメント(通称:シラアパ)」が軌道に乗り始めたころに、多田さんはこの校舎に出会ったという。(シラハマアパートメントについてはこちら) そのきっかけは、南房総市による有休公共施設の利用案募集だった。
「ここは5年前に廃校になった小学校(旧長尾幼稚園・長尾小学校)で、その時に、南房総市が利用案を募集したんです。僕はそれを見つけて、一度、今とは違う利用案を出してみたんですが、ほかの10社ぐらいも含めて、全部不採用になったんです。それからしばらくして、2年前ですね、また利用案の募集が出たんです。そこで応募したのが、今回の『無印良品の小屋(MUJI HUT:仮称)』とコラボした、シェアオフィスと宿泊施設の案で、今度は採用していただけたんです。」
▲右側の棟がシェアオフィス。写真奥に宿泊施設がある
5年前の不採用から、さらにブラッシュアップしての再挑戦。その結果、勝ち取ったコンペだった。その背景には、まったくの奇遇とも言える、「株式会社良品計画」とのとの出会いもあった。
「2回目の募集の頃に、ちょうど良品計画さんがこのあたりを、小屋の開発場所として検討されていたんですね。その時、たまたま開発事業部長の方がうち(シラアパ)に寄ってくれて、何回か利用していただいた後に、僕に声をかけてくださって。そこから始まったのが、この『シラハマ校舎』なんです。」
良品計画が考えているのは、地元の人が主導し、運営する施設の中に「無印良品の小屋」のスペースを作り、そこを地元の人によって管理・運営してもらうという形。いわば地域による独立採算制だ。会社は小屋を開発し、販売するだけの「サポート役」に徹する。そういったスタンスも、多田さんの考えと合致したそうだ。シラハマ校舎の校庭に「無印良品の小屋」が建ち並ぶ日は近い。
地元のパワーを集めて、「なつかしさ」と「モダンさ」を融合させたデザインに
契約等が済み、校舎の開発が始まったのは2016年2月。それから半年の間、多田さんは時間があればここに足を運んで、木工職人や電気設備職人と一緒になって、少しずつ手を加えていった。
「工事関係も全部地元の人でやっているんです。設計は館山の会社で、工務店は白浜で、木工も市内の人です。電気屋さんなんかは、シラアパの住民の方ですし。このメンバーで『あわ組』っていうチームを作ってやっています。」
基本的には建物のシルエットは変えず、昔の面影を残しつつも、壁と屋根は黒く再塗装してモダンに。校舎入り口には重厚な扉を配し、照明もデザイン性が高いものに取り替えた。
▲ゲストルーム「Room R -backstage of Sade-」足元はサンブスギのパーケットフローリングで、ハリウッドミラーが特徴的
宿泊棟については内装デザインに凝り、海外からプレジデントデスクを輸入して鎮座させた。外観とのギャップがあり、元々校舎だったとは思えないくらいだ。シェアオフィス部分は原状回復義務がなく、入居者が自由にリノベーションを進めていいのだそう。各オフィスがそれぞれの色を出すことで、新たな魅力が生まれていくことだろう。
▲ゲストルーム「Room L -study of Spike Lee-」1950年代からN.Y.で使用されていたプレジデントデスクにはこだわりが感じられる
この新旧が共存しているスタイルには、地元の人も都会の人も、ここで一緒に関わり、融合してほしいという願いが込められている。実際にこの工事中にも、数多くの地元の方が様子を見に来ている。
「けっこう、長尾小学校出身だという方が来るんですよ。学校ってやっぱり特別な場所なんだな、と最近特に思いますね。だから壊されるよりも、何とかして、地元の方の思い出の場所としても遺していきたいですよね。」
▲シェアキッチンもあり、オフィス入居者と宿泊者は自由に利用できる。棚やテーブルは学校にあったものを再利用
2017年は、シェアオフィスの入居とレストラン・バル「Bar del Mar」のオープンを進めたいと話す多田さん。「Bar del Mar」では、白浜で獲れた新鮮な海の幸や山の幸を使った料理を検討中、オープンは2月上旬を予定している。
▲シェアキッチンにあったコーヒーを入れる器具。どことなくなつかしさを感じる
都心から2時間。未開の「郊外」だからこそ、可能性は無限にある
あの「良品計画」が注目した、南房総の地。何がそれほどまでに魅力的に映るのだろうか。
「東京から南房総と同じような距離の他エリア、たとえば鎌倉や葉山なんかと比べると「宝の山」なんですよ。ここは土地が断然安いですし、まだ開発されてない分、何かをやろうと思ったら何でもできます。それに目立ちますから。ビジネスもすごくやりやすいと思いますね。また、車で都心まで2時間というのも大きなメリットですね。」
首都圏から2時間圏で行ける未開発の地と言えば、ほかにも幾つか名前を挙げることができる。しかしそれらの街や地方の中でも、南房総は特別な存在なのだと、多田さんは考えている。
「ここは位置づけ的には“地方”ではなく“郊外”なんです。過疎地域なのに、郊外となりうる場所なんです。ここは本当に稀な場所なんですよ。そこは、僕がシラアパをやって感じたところです。」
「こういう場所では、観光ではなくて、自然を取り入れたもので売っていけば、絶対的な優位性を持てると思っています。僕の中にもいま、そういうビジネスの構想が沢山あるので、完全なオリジナルのビジネスをやれば、多分いけるのかな、と思っています。起業したいという方は“早い者勝ち”ですよ。僕もこの学校の下の土地にワイナリーをやろうと思っているんですけれど、シラハマ校舎と同時に進めています。そうしないと、ほかの人に先を越されちゃいますから。いずれにしても、ビジネスをするなら、僕は『人と違うもの』をやらないとダメだと思います。」
いくつもの構想を持っている多田さんだが、その中には、シラハマ校舎での自動運転車のカーシェアリング構想もあった。
「シラアパにもテスラ(自動運転を積極採用する電気自動車メーカー)の給電設備があるんですよ。自動運転は、今はどんどん技術革新していますから、あと数年もすれば、完全に自動運転ができるかもしれないですよね。そしたらたとえば、シラハマ校舎にテスラを置いておいて、ボタンを押したら、東京駅まで迎えに行ってくれる、なんて可能性だってゼロじゃありません。それが実現すれば、移動中に会議や打ち合わせもできるし、もっと便利に、時間も有効活用できますよね。」
この構想が実現すれば、移住のハードルはさらに下がるであろうと、多田さんは考えている。企業の移転についても然りだ。
コミュニティが自然に生まれる仕組みを作りたい
多田さんが活動の中でこだわっている点もうかがった。
「僕はとにかく、初めてのもので、ワクワクさせるものを提供できればいいな、って思っているんです。自分の中でワクワクできるものをやらないと、続けられないですから。だからこの校舎についても、30年経ってもまだ色あせないような、ここ自体がコミュニティとして、文化の拠点として回っていくような施設にしたいと思っています。都心からわざわざ来てもらえる、わざわざ来させるようなものを、作っていきたいですね。」
30年続いても輝きを失わない場所であるために、多田さんが考えているのは、「関わりすぎない」という部分だという。箱だけを作り、最低限のルールを決める。あとは管理をするだけ、というのが多田さんのスタンスだ。
「良品計画さんの小屋が建って、人が入ってきて、コミュニティが確立すれば、多分ここは独り歩きしていくと思うんです。シラアパがそうだったように、波紋を広げていくように、人が人を呼んで、コミュニティができていく。それが理想ですね。良品計画さんでも、小屋の場所について、入居予定者同士で話し合って決めてもらうようにするなど、コミュニティが自然に生まれる仕組みを考えているみたいですから、そういうコミュニティを支援するような仕組み作りを、僕も考えているところです。」
シラハマアパートメントに続き、シラハマ校舎と、ワイナリー。それ以外にもまだオープンにできない多くのアイディアを抱えているという多田さん。今後の展開が楽しみである。