空き家をリノベーションできる!八峰町の制度を活用
秋田県八峰町は2006年に八森町と峰浜村の2つの自治体が合併してできました。日本海に面し、青森県との県境に位置する人口7,000人強の町です。鈴木さんの住まいは町内でも小高い内陸部の住宅街にある一軒家。八峰町には、空き家問題の解決や移住促進に向けて、町が所有者から空き家を賃借し、リノベーションして移住者にサブリースするという事業があり、鈴木さんもこの制度を活用したとのこと。なんとそのリノベーション、入居する方の希望に基づいて行われるのだそう。鈴木さんは、前職がハウスメーカー勤務であるという経験も活かし、家族や仲間と一緒にDIYを取り入れ、現在の住まいを完成させました。
▲仲間とDIY作業中の鈴木さん。このDIYをワークショップイベントとして企画し、町内から参加者を募り、人の輪を広げていった
本来は大きな一軒家ですが、家族3人の今の暮らしにあうように、一部だけを改装し、コンパクトながら使いやすい空間に設計しています。
▲キッチンの壁を塗る鈴木さん
玄関の前にはバーベキューもできるようにと、廃材などを活用して作ったテラス。もともとあった庭の植栽や池とマッチして、ちょうどいいサイズの心地よい空間になっています。
▲鈴木さんのご自宅。手前のテラスは廃材等を利用して作られた
家の中に入ると、床材には秋田杉がふんだんに使われており、キッチンからリビングを見渡せるスペースには、太い梁から吊るされたハンモックがありました。
▲家族団らんに活躍しているハンモック
子どもができて家族の将来を考えるようになり、偶然ふるさと回帰支援センターを訪れたことが転機に
鈴木さんは、地元で設計事務所を営んでいた父親の影響を受け、建築の勉強をするため大学進学で地元を離れましたが、「いつかは帰ってきたい」という思いがありました。埼玉県出身のちひろさんは八峰町での生活に賛成していましたが、鈴木さんは希望する仕事が地元にはないということが理由でUターンに踏み切れずにいました。そんな中、鈴木さんに訪れた1つめの転機はちひろさんの妊娠でした。
「妻の妊娠が分かってから八峰町に戻るタイミングを具体的に考えてみたんです。妻が産休に入るとか、子供が小学校に入ってしまったらどうなるかとか。小学校に入ると、家族で戻るというのはしばらく先になっちゃいますよね。自分も将来的に全国出張が多く、責任が大きくなる課への異動やキャリアアップがあったので、退職のタイミングが難しくなるなって。そういうことも含めてシミュレーションしてみると、戻るタイミングはけっこう限られてるって気がついたんですよ。」
▲雄大な日本海に沈む夕日
都内の保育園に勤務していたちひろさんも、職場復帰の際の育児環境について考えていました。
「千葉にある自宅から都内の職場に通っていたので、職場復帰の際に子どもを預けて通勤することは不安でした。保育士なので、都会で働きながら子育てすることの大変さはお母さんたちを見て分かっていましたから。私自身は埼玉出身ですが、育った場所は自然豊かなところでしたし、小さい頃は毎年キャンプにも出かけていました。八峰町は結婚前に挨拶で訪ねていたので、子どもを育てるなら八峰町というのはむしろいいなと思っていました。それに、ここには子育てしている同世代の夫婦も何人かいて、子どもが3,4人いるという家族も多くて心強いですね。」
2つめの転機は地域おこし協力隊の募集を知ったことでした。夫婦で東京・有楽町にある秋田県の物産店に行った時、同じビル内にあるふるさと回帰支援センターに秋田県の相談窓口があることを偶然知りました。
「ふるさと回帰支援センターの存在は雑誌で見て知っていたんですが、場所は分からなくて。それにまだUターンするという気持ちが固まっていたわけではなかったんですが、「あきたで暮らそう!Aターンサポートセンター」の相談員の方に声をかけられました。ここは気軽な気持ちで来ていい場所なんだよと、地域おこし協力隊のチラシをもらって帰ってきました。その後も何度か窓口に行ったり、メールでのやり取りやイベントに参加することで秋田の情報を入手していました。」
この2つの転機により、鈴木さんの地元への関心は一層高まりました。
「だいぶ前から小中学校の統廃合が進んでいて、自分が育った頃よりも町に元気がなくなっているように見えました。地元が活気を失っている時に、なぜ自分はわざわざ遠く離れた場所で暮らして、仕事をしているのか…このままでいいのかな、という気持ちが大きくなりましたね。」
使命感にも似た強い思いを抱くようになった鈴木さんは、ふるさと回帰支援センターで開催された秋田県の移住相談会に参加し、そこで八峰町役場の職員さんとの個別相談の中で、町の協力隊募集についての話題になりました。移住体験ツアーの企画やリノベーションによる空き家の活用など移住促進に意欲的な町の担当者の話に、「自分の経験が活かせる」と確信しました。同時に、設計士の父親が元気なうちに技術や知識を学んでおきたいという気持ちも強くなりました。
八峰町の地域おこし協力隊に応募した鈴木さんは、2015年11月には内定をもらい、退職や引っ越しなどの準備を終え、里帰り出産を控えていたちひろさんより一足早く2016年1月に八峰町へ移住。実家で生活しながら新居のリノベーションに取り組みました。基本の解体・断熱・設備工事などは工務店が工事し、仕上げの壁や床、ロフト・デッキ制作などは自らでリノベーションしました。ちひろさんはお子さんを連れて3か月遅れで八峰町に移り、鈴木さんの実家で同居。リノベーションで完成した新居には家族3人、5月から移り住みました。
“よそもの”が頑張れる場所がある秋田。地元を再評価するきっかけになったIターン者の存在
▲八峰町移住体験ツアー(第2回目)参加者と
現在鈴木さんは、八峰町の「移住コンシェルジュ」として、移住の相談窓口役を担っており、町の担当者とともに空き家活用事業や移住体験ツアーの実施に携わっています。まさに自身の経験を仕事に活かしていると言えます。
これまでに移住体験ツアーを3回実施しましたが、今後引っ越してくる方も含めて4,5名の移住者がいるとのこと。親戚が秋田にいて縁があったという方もいますが、ほとんどは県外で生まれ育った方ばかり。中には、先に家を決めて引っ越してから仕事を探すという強者もいました。八峰町、ひいては秋田のどんなところが魅力的に映るのでしょうか。
「正直言うと八峰町は不便なことのほうが多いと思います。でも、僕が言うのもなんですが、なぜか気に入ってくれる人が多いのも事実(笑)。僕の友人や妻の友人からは、秋田の人はのんびりしているとか、働き者でマメな人が多いとか、人の好さを言ってもらうことが多いですね。移住体験ツアーでは、地元の方を交えて交流会を開くのですが、気がつくとツアー参加者より地元住民の人が増えているんです(笑)。今では参加住民の間で役割分担が自然にできていて、手伝ってもらえるので助かっています。こういう人の好さは八峰町だけじゃなくて、秋田県全体に言えることかもしれません。」
さらに鈴木さんは、続けます。
「八峰町に戻ってくる前に、都内で行われた秋田県の移住イベントに参加したことがあったんです。複数の市町村からゲストが来ていましたが、それが全員、秋田にIターンした人。新しい土地で起業したことや風土について熱く語ってくれました。“よそもの”が頑張れる場所があるっていいですよね。出身者としては、やるじゃん秋田!という気持ちでした。うれしかったですし、刺激になりました。僕もそうですが、移住でもUターンのほうが生まれ育った町に戻るので気持ちは楽だと思うんです。そこにIターンした人がいて、自分の町を評価しているというのは、出身者が地元を再評価するいいきっかけになると思いました。」
現在は「移住コンシェルジュ」として、ご自身もIターン者の声を聞いている鈴木さんは、地元に戻ってきたという自身の選択に、さらに自信を深めている印象を受けました。
リノベーションの良さを広める建築士として独立したい
鈴木さんの地域おこし協力隊としての任期は2018年3月までですが、現在の取り組みを任期後も継続できるよう、町の担当者の協力を得て、「HAPPO TURN」という任意団体を有志とともに設立。さらに、建築士2級の資格も取得しているので、現場経験を積み、空き家リノベーションの良さを広める建築士として、将来独立することを視野に入れています。
「今はまだ忙しくて目標にまっすぐ向かえているわけではないですが、協力隊としてのどの仕事も、将来にとって無関係なことではないと思っています。やりたいこと、期待されること、できること、この3つの輪が重なる範囲をもっと増やしたい。大変なこともありますがやりがいは感じています。そしていずれは自分の手でマイホームも建てたいですね。」
やっていることすべてが“自分ごと”。豊かな暮らしを実感できる
最後に、移住を考えている方に鈴木さんご夫婦それぞれからメッセージをいただきました。
「僕はUターン経験者なので、Uターンを考えている人には前向きに検討することをおすすめしますね。自分の生まれ育った場所で生活したり、仕事をしたりすることは、その土地から受けるパワーが違うと思うんです。頑張ったことがダイレクトに自分や家族に返ってくるというか。やっていることがすべて“自分ごと”になります。それって素晴らしいモチベーションだと思います。最初は地元に仕事がなくて躊躇しましたが、行動するとひょんなところで見つかったりもします。ぜひ“戻る”という選択肢も諦めずに持っていてほしいです。」
八峰町にIターンしたちひろさんからは、生活の変化という視点でこんなメッセージをいただきました。
「時間の使い方にゆとりができて、ちゃんと“生活”しているという実感が大きいですね。千葉にいた時には一度も使ったことのないホームベーカリーで、しょっちゅうパンを焼いています(笑)。」
「周りを見ていても、暮らしの豊かさを感じますね。夫の両親が庭の“こはぜの実”を使ってジャムを作ったり、バナナケーキを作ったりしていて。地元の方は近所の産直で、作ったジャムなどを販売していたりするんです。そんなことが簡単にできるっていうことに驚きました。都会で暮らしていると、食べるものを自分で作って、それを直接販売するなんて、なかなか気軽にはできないですよね。ここでは、こういうチャレンジへの敷居が低いので、やりたいことはまずはやってみればいいんだなって思えるんですよ。畑で野菜を育てたり、漬物をつけたり、私も教わりながら始めています。こういうことが生活をよりいっそう楽しくしてくれていると思います。」
▲鈴木さんのご両親がつくったバナナケーキとこはぜのジャム
八峰町での暮らしについて、不便はあるけれども豊かで楽しいと話す鈴木さんご夫婦は、その暮らしぶりを様々な形で情報発信しています。秋田への移住を視野に入れている方は、ブログやSNS等をぜひご覧になってみてください。