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2017年7月20日 ココロココ編集部

地元を大切に想う気持ちから始まる地域活動。スポーツがつなぐ人の力で街おこしを

柴田美咲さんは、東京の短期大学を卒業後に就職の為に茨城県日立市にUターン。現在は、フリーランスのフィットネスインストラクターとして活動するかたわら、地域活動「ひたちのまちあるき」や「まちキレイ隊」を主宰しています。柴田さんのお仕事と地域活動について、故郷・日立市の魅力についてお聞きしました。

日立市にUターンした理由は「海が好きだから」

日立市出身の柴田さんは、現在フィットネスインストラクターとして活動しています。 「高校生までバスケットボール部で、その頃からスポーツジムのインストラクターになりたかったんです。卒業後はすぐにスポーツジムに入って働きたかったですね。」

しかし、インストラクターの仕事をするには、専門の学校を卒業していた方が助けになることが多いということを知った柴田さんは、就職したい気持ちを抑えて「東京女子体育短期大学」へ進学します。

卒業後は、日立市にUターンして「日立メディカルスパスポーツジム」に念願のスポーツインストラクターとして就職。やりたいことを仕事にして充実した社会人生活をスタートさせます。都内でもインストラクターという仕事はできる中、なぜ日立市にUターンしたのでしょうか?

日立市の海

柴田さんがUターンをする理由にもなった日立市の海

「当時は今ほど日立を好きではありませんでした。好きではなかったけれど、海があって落ち着くから、海が好きだからと理由で戻って来ました。日立は都内に比べると就職先の選択肢は狭まってしまいますが、どこかのジムでは働くことができるだろうと不安は全くなかったんですよ。」

沖縄の人たちが教えてくれた地元愛の素晴らしさ

柴田さんのスポーツインストラクターの仕事はシフト制の勤務。早番は朝8時30分から遅番の22時終了までという忙しい日々を送っていました。仕事内容はインストラクター以外にトレーナー業やリハビリ、運動療法など多岐に渡ったそう。 「忙しかったですが、運動が苦手な方が運動を好きになっていく過程を見ていくのが嬉しかったし、とてもやりがいがある仕事でした。私のレッスンを受けて、分かりやすかったよ!と言ってくださる方もいて嬉しかったですね。」そう当時を振り返ります。

同じ頃、柴田さんは旅行で度々沖縄を訪れていました。沖縄本島をはじめその周辺の離島に旅をして、束の間の休日を満喫していたそうです。 「日立市にUターンして就職した20歳くらいの頃から、沖縄の民宿やゲストハウスに宿泊をして旅をしていました。最初はただ癒されたい、ただ疲れを取りたいと思って訪れていました。」

沖縄の海

休日に旅していた沖縄の海

「沖縄で暮らしている人や旅人と話をするうちに、今あるものを大事にしている姿、暮らしそのものを楽しむ姿、これまで受け継がれてきたものを未来につないでいこうとする姿に、何でこんなに自分の地元を好きでいられるのだろう、と感銘を受けました。いろいろな考え方、働き方、生き方を沖縄で学んだと思います。」

「旅を続けるうちに、現地で頂いた優しさを現地の人に恩返ししたい!と思うようになりました。でも直接恩返しするにはどのようにしたら良いか方法が分からず悩みましたが、私が住んでいる地元・日立に恩返しすることはできる!そうしようと思いました。」

旅行が地元を見つめ直すきっかけに

沖縄旅行を通して地元・日立市を見つめ直すきっかけを得た柴田さん。自身の生き方や今まであまり好きではなかった日立にあらためて向き合うため、まずは身近なところで今できることをやってみようと考え、友人に相談したり、これまでの旅で学んだことを活かせないかを徹底的に考えました。

「自分の地元のことを考えた時に、こんな美しい海がある街のことを理解していない人が意外にも多くいることに気づきました。地元をなんとかしなきゃ!という勝手な使命感ですが、沖縄の人たちの地元を大切にする想いを日立でも表現できたら良いなと思いました。」

地域活動は人と人がつながる場所

柴田さんは仕事の合間を利用して、まずは人と人がつながる場をつくりたい、自然の中で過ごす機会をつくりたいと思い、地元の人とお茶をする企画「ミサキカフェ」を開催することを決意します。 「Facebookで告知をしたり友人を誘ったりして参加者を募集しました。ミサキカフェは地元のおいしいものを用意し、その場でコーヒーや紅茶を淹れてその場に居合わせた人同士で会話を楽しむ企画です。これまでに、“十王パノラマ公園”や“樫村ふぁーむ”のビニールハウス内にて実施しました。“樫村ふぁーむ”で開催した時は、農場見学やお野菜を使ったスイーツも提供していただきました。」

更に柴田さんは、街の人の運動機会を増やしたい、運動を通して人と人がつながる場をつくりたいと思い始め、ヨガクラス「ミサキクラブ」を企画・開催。 「毎月1回、平日の夜に開催しています。最初は“会瀬交流センター”で行っていましたが、現在は“うのしまヴィラ”の“ユズリハhouse”にて実施しています。ミサキクラブではヨガのレッスン後に、みんなで輪になり自己紹介とお題に沿って話をする交流の場を設けているのが特徴です。最初は私の友人に声をかけて実施していましたが、いつの間にか友人が友達を連れてきてくれるようになり、今ではいろんな人が交流する場になっています。」

シーバーズカフェ

日立駅に直結している「シーバーズカフェ」で海を眺めながらヨガ教室

「うのしまヴィラ」は、太田尻海岸にある海辺の宿で、美しい日の出とプライベートビーチさながらの海岸、おいしい地野菜・魚料理が楽しめると評判。連日多くの人で賑わっています。「うのしまヴィラ」のオーナー原田実能さんは、野菜ソムリエや上級BBQインストラクターの資格を持つ「いばらき観光マイスター」の一人です。原田さんは、若者がチャレンジしたいことに対して温かく見守ってくださる地域のお父さん的な優しい存在。柴田さんのヨガレッスンにも快く「ユズリハhouse」の利用を勧めてくれたと言います。

原田さん

オーナーの原田さんと

「“うのしまヴィラ”は、東日本大震災の津波で甚大な被害を受けてしまったのですが、2014年にリニューアルオープンしました。私はリニューアル2周年、3周年イベントをスタッフとしてお手伝いさせて頂いています。」 そう話す柴田さんは原田さんの大ファン。お世話になっている原田さんにいつか恩返しがしたいと話していました。

「うのしまヴィラ」

うのしまヴィラ

さらに柴田さんは日立の名所を探索するイベント「ひたちのまちあるき」も企画・開催を始めました。「ひたちのまちあるき」は、私たちが3時間ほどで周れるコースをつくり、参加者を募って現地を一緒に歩くイベントです。SNSでの情報発信も行っています。 「助川山と十王が2回、会瀬、神峰山、大みか、久慈浜、中里、日鉱記念館が各1回の計10回をこれまでに実施しています。お店の方の話やその場所を守ってきた人の想い、今に至るまでの物語や背景にも触れていくツアーで、参加者からはとても好評ですよ。」

地域活動への使命感から飛び込んだフリーランスの道

こうして、スポーツインストラクターと地域の活動を並行して始めた柴田さん。順風満帆な滑り出しのようにも思えますが、就職して5年目の2015年5月、スポーツインストラクターの仕事を突然辞めてしまいました。

「大好きな仕事だったのですが、地域活動を少しずつ行っていくうちに、もっと地域と関わる仕事がしたいと思うようになりました。」

柴田さん

大好きな海を眺めながら当時のことを思い出す柴田さん

「スポーツインストラクターの仕事には愛着がありましたし、今後を考えると不安でいっぱいでした。でも、どちらもなんとなくやっているという状態の自分にどうしても納得がいきませんでした。やってダメだったらまた別な道を探そう!そう思い決断しました。」

こうしてスポーツインストラクターの正社員を辞め、地域活動に専念することを決めた柴田さん。まずは地域活動の拠点となる場所を探し始めました。 「アルバイトでスポーツジムのレッスンを週何回か担当しながら、拠点になりそうな物件やゲストハウスを探しました。1ヶ月ほど探し続けましたが、借りるとなると金銭的に厳しく…約半年ほど悩み続けました。」

悩み続けていた2016年のある日、以前お世話になっていた人のご縁で、初めてフリーでフィットネスの仕事を受けます。これがきっかけとなり、柴田さんは自分の役目を再認識。

「自分ができることを地域で教えるのも地域活動の一貫だと気付きました。運動の心地よさや楽しさを伝え、がんばる人のココロとカラダの健康をサポートしたい。運動を通して人のつながりが増え、地域がさらに賑やかになったらいいなと感じました。」

フリーランスのフィットネスインストラクター

フリーランスのフィットネスインストラクターとして日立で活躍

現在は、日立市や大子町の施設に行き、ヨガやストレッチ、リズム体操、筋トレ、水泳などのレッスンを担当する他、柴田さんの友人や地域団体が主催するイベントのヨガ講師も行い、忙しい毎日を柴田さんは送っています。

日立の街の姿、海の美しさをを未来に残す活動を

フィットネスでの地域活動に加え、「ひたちのまちあるき」や「まちキレイ隊」などその他の活動も続けています。

「ひたちのまちあるき」は、日立で暮らす人に向けてそこにあるものを活かした日立の街の楽しみ方を提案したい、その場所に込められた想いや歴史を未来につないでいきたい、という想いで始めたと話す柴田さん。今後はこれまでの「ひたちのまちあるき」の活動をもとに、メンバーと共に冊子の作成・発行を検討しているため、ライター業も本格化させたいとのこと。今の日立の街を冊子という形にして未来に残したい。そう笑顔で話している柴田さんの姿は印象的でとても輝いて見えました。

まちあるき

「ひたちのまちあるき」

同じく柴田さんが主宰する「まちキレイ隊」は、毎月第3日曜日9:00~9:30に実施される会瀬海岸南浜と堤防や駐車スペースのゴミ拾いがメインの活動。おしゃべりしつつ手足は動かす短時間集中型の活動だと柴田さんは言います。

「大好きな会瀬海岸南浜が、いつまでも裸足で走り回れる砂浜であり続けてほしいと思い始めました。私は幼い頃から海の近くで暮らしていて、よく父が海へ連れて行ってくれました。家族との思い出がたくさんつまっていた“清水浜”がバイパスの工事で立ち入り禁止になってしまいました。砂浜はコンクリートで埋められ、さらにゴミだらけになり、とても悲しくなったことを覚えています。その後通うようになったのが会瀬海岸南浜なのです。」

「まちキレイ隊の活動には、お子さんを連れて来てくれる人もいますよ。釣り人たちが手伝ってくれる時もあります。遊びに来た人が捨ててしまうゴミも多いのが現状なので、今後そういう人が減って海を大事に想う人がもっと増えたら嬉しいですね。」

地域を守る力が街を育てる大きな力になる

日立市の魅力は、豊かな自然と美しい海、砂浜、食などたくさんありますが、最大の魅力は人そのものだと柴田さんは話します。最後に柴田さんは日立市の良さをこう語りました。

インタビュー

「今、日立では地域を盛り上げよう!という動きがフツフツと市内各地で湧き上がってきています。現在はその各々が小さな点ですが、近い将来に全てがつながり街を動かす大きな力となるのでは、ととても期待しています。地域の人に話を伺うと街の歴史や街に対する思いを楽しそうに懐かしそうに話してくれ、実は街を大切に思っているという人が多い印象です。また、日立は“自分だけが楽しい”と思う人よりは“みんなで楽しもう!”と思う人が多い街。大切に地域を守っている人がいる日立市は、素晴らしい街だと思います。」

取材先

柴田美咲さん

1990年茨城県日立市生まれ、日立市在住。東京女子体育短期大学保健体育学科卒業後、出身である日立市にUターン。日立メディカルスパスポーツジムのインストラクターとして勤務。2015年5月より、フリーランスのインストラクターとして、主に日立市・大子町の施設やイベントの講師として活動中。「ひたちのまちあるき」、「まちキレイ隊」を主宰。

●柴田さんブログ:企画のイベント情報など更新中!

http://umisaki0323.blog.fc2.com/

●Facebookページ:ひたちのまちあるき

https://www.facebook.com/tekuteku.hitachinomachiaruki/

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ココロココ編集部ココロココでは、「地方と都市をつなぐ・つたえる」をコンセプトに、移住や交流のきっかけとなるコミュニティや体験、実際に移住して活躍されている方などをご紹介しています! 移住・交流を考える「ローカルシフト」イベントも定期的に開催。 目指すのは、「モノとおカネの交換」ではなく、「ココロとココロの交換」により、豊かな関係性を増やしていくこと。 東京の編集部ではありますが、常に「ローカル」を考えています。

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 過疎が進む中で、すべての風土を守り、 残していくことは不可能であり 時とともに消えていく風土もあるでしょう。 その一方で、外から移住してその土地に根付き、 風土を受け継ぎ、新しくつくっていく動きもあります。

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