記事検索
HOME > 移住する > Iターン >
2017年8月25日 ココロココ編集部

野生のイルカと出会う町、銚子の海が育む愛。

千葉県の最東端に位置する銚子市。日本一の水揚げ量を誇る漁港であり、関東での醤油作りが始まった醤油の町でもある。また銚子沖は世界でも有数の多種類のイルカが見られる珍しい海。そんな銚子市にイルカが大好きで、大阪から移り住んだ大富奈穂子さんは「有限会社 銚子海洋研究所」でイルカウォッチングのガイドを行っている。2016年には銚子市出身のご主人と結婚し、現在は1児のママ。銚子市での生活の楽しみや、銚子市で暮らすようになった経緯を伺った。

イルカが大好きで飛び込んだ銚子の海

大富奈穂子さんの仕事はイルカウォッチングのガイド。 お客さんと一緒に乗船して、イルカや銚子の海の案内をしている。 銚子の海は1年中、いろんな種類のイルカが見られる世界的にも珍しい地域。 夏には沿岸付近で子育てをするスナメリが見られ、たまに港内に入り込んでくることもあるという。冬は30㎞くらいの沖でイルカのほかに、クジラやオットセイなども見られる。

「イルカは子育てをするために銚子に来るんです。出産、子育てをしたらまた自分の海に帰っていきます。回遊性のマッコウクジラも冬になると子育てにやってきます。銚子の海は親潮と黒潮が交わりあう暖かい海域で、そこに利根川が流れ込んでいるので、エサが豊富なんです。子育てするにはちょうどよくて、ウォッチングをするとほとんどが親子ですね。定住しているイルカもいます」。

銚子でイルカウォッチングができることは意外に知られていないという。それでも夏休みなどは東北や関西、時には海外からお客さんが訪れる。一緒に船に乗るのは40人位で、イルカに会った後はお客さんに一体感が生まれるという。

「皆さん、目的が同じなので、イルカに会えた後には『よかったね』『また来たいね』ってお客さん同士が仲良くなって、連絡先を交換したりするんです。そういうのを見ていると、すごい力があるのかなってたびたび思います。そこに自分がガイドっていう立場で加えてもらっていてすごく楽しい。そういう雰囲気を作り出せるイルカウォッチングって素晴らしいなって思っています」。

大阪からボルネオ島へ

そんな大富さんが銚子に来たのは2007年のこと。小さい頃からイルカが大好きで、高校を卒業後はイルカのトレーナーになるために神戸動植物環境専門学校に進学。1年次の研修では、専門学校の講師が主催する、マレーシアのボルネオ島でのリバークルーズに参加。ジャングルの川を下りながら、ボルネオ象やテングザルなどの野生動物をガイドしてもらったことが面白く、野生のガイドへと方向性が変わっていった。2年次の研修では野生のイルカに関心があったので、その世界では一番名が通っていた「銚子海洋研究所」を研修先に選んだ。

「その時に初めて野生のイルカを見て、こんな近くにおるんやって感動しました。ただ、2週間いたんですけど、ちょうど台風が来ていて、そっちがすごかったっていうイメージの方が強いんですけどね(笑)。その時にはボルネオ島の先生から誘われて、リバークルーズのガイドに就職が決まっていたので、ここで働くとは思っていませんでした。そっちは基本的に大阪にいて、日本人を現地に連れていくという仕事だったので、大阪とボルネオ島を行ったり来たりしていました」。

ボルネオ島から銚子へ

1年が経つころ「銚子海洋研究所」のホームページを懐かしく見ると、スタッフを募集していた。元々イルカが好きで、そういう求人は少ないこともわかっていたので、これはチャンスとばかりに応募すると採用が決まり、銚子へ移住することになった。

「大阪から銚子に来るのには抵抗はなかったです。親もボルネオ島に行ったり来たりする仕事に関しては『連絡とれへんやん!』ということだったんですけど、千葉県の銚子に行くと言ったら『国内で連絡とれるからいいか』っていう感じで。最初がひどかったんであっさりでした(笑)」。

銚子は時間がゆっくりと流れる土地

銚子に移り住んだ大富さんは、漁を終えた漁師さんがのんびりしていたり、野良猫が歩いていたりするのを見て、時間の流れがボルネオ島によく似ていると思ったという。「漁師さんから魚をもらったりしますし、前に住んでいた寮はキャベツ畑の中にあって、帰ると寮の前にキャベツが2個置いてあって、お礼に缶コーヒーを置いておいたら、さらに3個置いてあったりして。そういう生活がいいなあって思いました」。

今では銚子時間にすっかりなじんでしまい、たまに大阪に行くとついていけなくなってしまったという大富さん。 「人に酔います。来て2、3年目くらいまでは都会の空気を吸わないと生きていけないと思っていたんですけど、今は2泊3日がギリギリですね(笑)。快速とかに乗ると電車に酔うんです。自分でもびっくりします。もう住めないですね」。

銚子は夏は涼しく冬は暖かい気候で住みやすいという。 「夏は窓を開けて寝ていたら風邪をひくくらいなのでクーラーいらないです。逆に冬は暖かくて、ぎゅーって寒くなることはないです。そう考えると大阪よりも住みやすいですね」。

大富さんが銚子の生活に欠かせないというのが「さのや」の今川焼。百年以上の歴史がある老舗で、地元のおやつとして銚子市民に愛されているのだという。 「小腹がすくと買いに行くんですけど、あんこがびっしりと詰まっていておいしいんですよ。うちは家族みんなが大好きなんです」。

また、銚子の景色に癒されるという大富さん。中でも「本家の台」がお気に入りだという。

「私有地なんですけど、元々は『本家』があったところなので本家の台って呼ばれています。高台なんですけど、すっごい景色がきれいで最高です!海が一望できて、まさに「The 海」という感じです。あと冬になると事務所から富士山が見えるんですよ。屏風ヶ浦がずっとつながっていて、その先端の先にきれいに見えるんです。冬はこのあたりは閑散としてしまうんですけど、夕方になるとその景色を求めてすごく人が集まってくるんです」。

二人の時間が愛を育む

2016年6月に大富さんは入籍する。お相手はファンキーな赤い髪が特徴的な宮内幸雄さん。「銚子海洋研究所」の所長で、なんと年齢差30歳。最初はお互いそのつもりもなく、宮内所長にとって大富さんはスタッフの一人だったという。それが一緒に船にゆられているうちに愛が育まれ、現在は1歳になる看板娘がいる。

「船はスタッフ3人が基本なんですよ。俺が船長で船の操縦をして、一人が俺の横でイルカを一緒に探し、もう一人はお客さんの対応をする。彼女は俺の横にいることが多かった。こっちに来てもう10年近くになりますし、俺もあてにしているところもあり、二人になる時間もけっこう多かったんです。そしたら愛が芽生えまして(笑)」という宮内所長。

子どもが生まれママ友が増えていった

毎朝、娘を保育園に送り届けてから出社。日中はイルカウォッチングなどの仕事をこなし、夕方になると保育園にお迎え。会社に戻って残りの仕事を終え、19時頃に帰宅するというライフサイクル。結婚して子供ができてから知り合いが増えていったという。

「来たときは友達が誰もいなかったので、休みの日には東京に行ったりして、銚子の人とは仕事だけの付き合いだったんですけど、結婚して子供ができたことで輪が広がってきました。子供の検診や保育園で他のママと会って話をしてみると、けっこう移住してきた人がいるみたいです」。

「うさぎ広場(仮)」を作ろう

大富さんは事務所のすぐ横に、ウサギにニンジンをあげたり、抱っこできたりする「うさぎ広場(仮)」を作ろうと計画中だ。妊娠中に猛烈に勉強して「愛玩動物飼養管理士」という資格をとり、図面も完成。あとは人手が補充でき次第取り掛かる予定だという。

「銚子って展望台とか大人が見るところはそれなりにあるんですけど、小さい子が遊べるところが少ないんですよ。うちも船に乗れるのは3歳からで、兄弟で上の子は乗れるけど、下の子はお母さんと待っていることも結構あるので、ちょっと寄って遊べるようなところがあるといいなって。まあ自分がウサギ好きっていうのもあるんですけどね」。

穏やかな気候で、風光明媚な銚子市。そんな銚子に移り住んで10年の大富さんは、豊かな銚子の海でイルカと一緒に子育て真っ最中です。

取材先

大富奈穂子さん

「有限会社 銚子海洋研究所」でイルカウォッチングのガイドを行う。2016年に銚子市出身のご主人と結婚し、現在は1児のママ。移住先の銚子市で、独自のライフスタイルを送る。

ココロココ編集部
記事一覧へ
私が紹介しました

ココロココ編集部

ココロココ編集部ココロココでは、「地方と都市をつなぐ・つたえる」をコンセプトに、移住や交流のきっかけとなるコミュニティや体験、実際に移住して活躍されている方などをご紹介しています! 移住・交流を考える「ローカルシフト」イベントも定期的に開催。 目指すのは、「モノとおカネの交換」ではなく、「ココロとココロの交換」により、豊かな関係性を増やしていくこと。 東京の編集部ではありますが、常に「ローカル」を考えています。

人と風土の
物語を編む

 「風土」という言葉には、地形などの自然環境と、 文化・風習などの社会環境の両方が含まれます。 人々はその風土に根ざした生活を営み、 それぞれの地域に独自の文化や歴史を刻んでいます。

 過疎が進む中で、すべての風土を守り、 残していくことは不可能であり 時とともに消えていく風土もあるでしょう。 その一方で、外から移住してその土地に根付き、 風土を受け継ぎ、新しくつくっていく動きもあります。

人と風土の物語を編む