日本で一番星に近いコワーキングスペース「hiroen」
上信越高原国立公園とユネスコエコパークに指定されている志賀高原。その魅力は、質の高いパウダースノーと多様な植生が生み出す美しい自然です。冬はスキーやスノーボード、夏はトレッキングや渓流釣りと、恵まれた環境を生かした豊富なアクティビティがそろいます。
「hiroen」の代表を務める井戸聞多さんは東京出身。首都圏の企業でエンジニアを続けながら、横浜市と山ノ内町の2拠点生活を経て、2019年春に山ノ内町に移住。12月にはhiroenを立ち上げました。
事業開発・マーケティング専門の会社を経営する杉本篤彦さんは横浜出身。東京と神奈川県三浦市のシェア別荘で2拠点生活をしながら、ビジネスパートナーとしてhiroenのマーケティングや広報をメインに担当しています。
hiroen(広縁)とは広い縁側のこと。地域の住民をはじめ、観光やビジネスで訪れる人、学生、子どもと、「誰もが分け隔てなく、広く自由度の高いフィールドでまじり合うこと」を期待して、名付けられました。
hiroenは、井戸さんがビジネスパートナーを務める大学発ITベンチャー「株式会社Shinonome」と山ノ内町が、長野県が推進する「信州リゾートテレワーク事業」に共同で申請し、立ち上げたコワーキングスペースです。「遊びと仕事の距離をゼロにする」をキャッチコピーに、山ノ内町と東京をつなげ、町の関係人口を増やすための多彩な地方創生事業を運営しています。
カフェやコンビニ、ショップが集まる複合施設「志賀高原 山の駅」にあるhiroenは、バスターミナルや、志賀高原観光協会などがある情報発信基地「志賀高原総合会館98」が目の前にある、志賀高原のハブ的な場所に存在します。内装は、東京で建築を学ぶ学生たちが、コンペ形式でデザインを考え、地域の人たちの協力も得ながら学生自らの手で施工し、完成させました。
ワーケーションにぴったりのワクワクする場所
集中できる個室と眺望抜群の共同スペース、こたつのあるリフレッシュスペースなど、さまざまな使い方ができる「未完成が特徴」のhiroen。大きな窓から見えるのは、冬は樹氷きらめくスキー場、夏は多様な植生の森と青空。景色を眺めながら仕事ができるだけではなく、徒歩数分で実際にスノーボードやトレッキングが楽しめるのが最大の魅力です。
井戸さん自身、志賀高原のスキー場に遊びにきていた縁で、志賀高原生まれの志穂さんと出会い、結婚しました。志穂さんが「実家のホテルを継ぐ」と決めた時には、「自分も地方の仕事を探そう」と、現在も所属する某精密機器大手メーカーでリモートワークを推進するなど、変化する環境に合わせて、自らの働き方・生き方を切り拓いてきました。学生たちと空間づくりを行うにあたっては、これまでに経験したことが「めちゃくちゃつながっている」と言います。
「でも、振り返れば圧倒的に失敗のほうが多くて、うまくできたことは本当に1、2%くらいしかなくて(笑)。でも、その失敗を全部、『こういう時はこうしなきゃ』と経験に生かしていけたので、いまのほうがうまくやれている感じはあるかな」(井戸さん)
失敗を恐れず、新しいことに挑戦する井戸さんと過ごした時間は、学校では学べない貴重な経験として、学生たちの「やったことないけどやってみよう!」という創造的思考を引き出し、hiroenという未完成だけどワクワクする空間へと結実したに違いありません。
新しい働き方を応援するオンラインコワーキングスペース
杉本さんは東京に住所を置きつつも、三浦市をはじめとする地方や海外をグルグルと滞在して回るスタイルで仕事をしていました。新型コロナウイルスの影響から、2020年2月中旬には仕事のすべてをリモートワークに。「宅配ボックスに食料が届くことだけが楽しみでした(笑)」という東京での自粛生活に区切りをつけ、同4月上旬に志賀高原に拠点を移します。
「9割は東京の仕事ですが、働いている場所は志賀高原。それでも全然問題ありません。私はワーケーションの魅力を伝える立場におりますが、まさに今、実践を通してその良さを体感しているところです。」(杉本さん)
このコロナ禍が長引くことは予想していたので、今後必要となるであろう印鑑証明を持参するなど、準備は抜かりないはずでした。しかし、書類の有効期限があるため、再度取りにいかなければいけなくなったりと、紙の書類でのやりとりがワーケーションの弊害になることを実感。 杉本さんは「ワーケーションで何ができて何ができないかが、今回の経験を通してわかってきました」と、実感を込めて語ります。
4月17日に緊急事態宣言が発令され、4月20日からhiroenも休館となりました(2020年6月6日から営業再開)。数カ月前から、人の移動が制限され、いろいろなものがオンラインに移行することを予測していた井戸さんと杉本さんは、オンラインとオフラインの両方にコワーキングスペースを存在させよう、と準備を進めていました。それが「OMOコワーキングスペース」です。OMOはもともとマーケティング用語で、オンラインとオフラインを融合する(Online marges Offline)という意味があります。「Remo」のバーチャルオフィスとカンファレンス機能を使い、ひとつのオフィスを会員同士が共同で使うことで、空間的な認知を形成しつつ新たなイベントや出会いを提供し、今まで以上に都市と志賀高原との関係人口を創出していこう、という試みです。
オンラインコワーキングスペースでイベントをやるたびに、hiroenはもちろん、山ノ内町の魅力もPRしている井戸さんたち。今までは、外の人が町に足を運んでくれていたので、町の人は待っていればよかったのですが、オンラインでは町の人も、わざわざそこに参加する、というアクションが必要となることがはっきりとしました。
「そこがひとつ超えなきゃいけない壁なんです。地方にいる人も一歩踏み込んで何かアクションをしなければいけない。でも、そうすることで、いろんな交流が生まれて、いろんな人が助けてくれる。新しいシナジーが生まれます。」(井戸さん)
OMOコワーキングスペースの運営は、ビジネス面では営業機会、プライベートでは東京の人と山ノ内町の人との交流を提案し、ゆくゆくは山ノ内町を訪れてもらい、志賀高原の活性化につながるなど、オフラインでの交流に対しての新しい価値創出も含まれているのです。
人と場所を生かし合う「コミュニティーマネージャー」誕生
オンラインコワーキングスペースが始まる前に、すでに始動していた新しいプロジェクトがありました。ワーケーションをしたい東京の人が、hiroenに関わりやすくするための拠点を整備しよう、という「hiroenマネージャー制度」です。hiroenのコミュニティマネージャーになった人は、自分のスキルを生かしたイベントや企画をhiroenで開催し、人の交流を生み出し、その対価としてリゾート地に滞在する、という仕組みです。今は東京から志賀高原に来ることはできませんが、オンラインでは何度もイベントが開催されています。hiroenマネージャーは15人の枠のところ、すでに12人が埋まっていて、会計士やドローンパイロット、建築士など、多様性を感じるメンバー構成になっています。
「マネージャーさんの多くは、すでにいろいろな地方を行き来している人。ワーケーションのメリットや生活イメージがある程度できている人が関わってくれています。」(杉本さん)
中には志賀高原に来たことがない人もいますが、これまでの自分のスキルで志賀高原に貢献できる、というイメージを明確に持っているからか、そういう人も分け隔てなくマネージャーとして活躍しているそうです。
hiroenマネージャー制度もOMOコワーキングスペースも、短期間にここまで整えられたのには、 杉本さんが志賀高原に滞在し、井戸さんと毎日コミュニケーションをとれていたことが大きかったそうです。「オンラインも良いのですが、実際一緒の場所にいると話がぽんぽんと進むな、というのを感じています」と 杉本さん。
「さて、どこでワーケーションやろうかな」と思っているあなたへ
テレワークや在宅勤務、ウェブ会議が当たり前になってきていることから、「なんで東京に住んでいるんだっけ? という人が増えてくると思います」と井戸さん。杉本さんが先駆けでやっているように、「東京と“自分がほっとできる場所(地方)”を行き来する人の人口が増え、その頻度も上がってくるのでは」と分析します。
「今は、ワーケーションを始めたい人にとってチャンスです。自然との距離が近くて、足(クルマ)があれば買い物にもすぐ行けるし、温泉もある。遊ぶことと仕事することが同じ日にできる志賀高原は、とても居心地が良く、“言うことないぐらい良いところ”だと思います!」
ワーケーションの目的は、「副業でも、観光でも、それぞれの人に合わせてなんでもいい」と井戸さん。自然の雄大さはもちろん、新鮮な空気、おいしい水やとれたての農産物が当たり前にある、という環境に滞在することは、心身を癒し、仕事にも良い影響をもたらしてくれるに違いありません。
ここまで話を聞いて思ったのは、動機付けさえあれば、ワーケーションに行きたくなる人がぐんと増えるのでは…、ということ。でも、田舎は入りづらい、という先入観を持っている人も多いかもしれません。そんな人に向けて、 杉本さんが地域の人と仲良くなるコツを教えてくれました。
「まずは自己紹介して、それから聞きたい情報や必要な情報を聞いてみる、といった感じで、自分から自己開示していくといいですよ。地方の人は都市の情報を知るのをとても楽しみにしているところがあって、Facebookの使い方とか、ちょっとしたことでいいので、お互いに情報を交換すれば、普通に仲良くなれると思います。都市にあって地方にない概念もあれば、地方にあって都市にない概念もあるので、都市のスタイルを地方で当てはめるとめちゃくちゃうまくいくこともあります。そういった化学変化や、情報=価値の交換が面白いですよ。」(杉本さん)
「東京の人と地方の人、お互いがハッピーになる事例が生まれれば、と思ってオンラインのイベントをつくっているので、気軽にのぞいてみてください。今は他の土地にも行きづらいですから、行ける範囲で地域系のイベントに行ってみるとか。そういった場所に顔を出してもらえたら、いい出会いを見つけられるよう、僕らみたいな人がお手伝いしていきます。」(井戸さん)
「地域の課題を解決し、持続可能性があるものを有機的につなげたい」
現在進行形で進んでいる「古民家再生プロジェクト」では、温泉街に残る築100年以上の古民家を改修し、コミュニティーマネージャーが住めるシェア別荘をつくります(hiroenをつくったときと同じように、首都圏の大学生が設計・施工する。都市との行き来が可能になったら再開)。ほかにも、地元企業のスポンサーを得て無料で実施する小学生向けプログラミング教室「北信地域プログラマー養成プロジェクト」や、山ノ内町の新規事業を支援していく「山ノ内ローカルベンチャープロジェクト」など、たくさんのアイデアがhiroenを起点に双方向に広がっています。
「地域にインパクトを与え、地域の課題を解決し、持続可能性があるものを有機的につなげて事業化することも構想しています。たとえば、システムの力を使って、インターネットに載らない空き家や仕事といった地方ならではの情報網を見える化したり…。」(井戸さん)
チャレンジ精神あふれる空間と、そこに集う人たちの個性を生かして、オンラインでのコミュニケーションを最大限に楽しむ機会を提供しているhiroen。井戸さんと杉本さんは「afterコロナ(コロナ終息後)には、オフラインでのコミュニケーションの価値がより重要になっていく」と考えています。
「仕事と遊びの距離をゼロ」にできるリゾートテレワーク(ワーケーション)を長野県でやってみたい人や、hiroenのプロジェクトにピンときた人は、オンラインコワーキングスペースhiroenをのぞいてみてください。