小さなころから、森との関わりにあこがれて
少年時代を札幌市で過ごした市川さんは、3人兄弟の2番目。兄に連れられて毎日のように山や川に行き「遊び」はイコール、自然と関わることだったといいます。20代の頃はプロカメラマンとして活躍していましたが、その頃のある出会いが、「森」を生業にしようと決意させました。
「カメラマンをしていた時に、カメルーンという国の『ピグミー』という先住民が住んでいる森を見たいなと思い、丸木舟に何時間も乗って、会いに行ったことがあったんですよ。彼らは森にすべてを与えられて生きていて、きわめてシンプルな暮らしなんですが、そこには、人間本来の生活があって。それにすごく豊かだなという印象と憧れを抱き、自分も木と関わって生きていこうと思ったんですね。」
帰国した市川さんはカメラをチェーンソーに持ち替え、木彫作家のもとで勉強を始めたといいます。その後は林業がさかんな占冠(しむかっぷ)に暮らし、造林や伐採など林業の技術を学びました。
「でもなかなか林業だけで生活するというのは大変で、結局占冠から小樽に移って、高所作業車の資格をとって、電気工事の仕事をしていました。でもそこからまたちょっと戻って、造園業の会社に入って、街路樹の剪定や伐採をしていましたね。」
一旦は森の仕事から離れながらも、心のどこかで惹かれ、木に関わる仕事に戻っていった市川さん。サラリーマンの日々は収入こそ安定しましたが、趣味人である市川さんにとっては、刺激と自由がちょっと不足していたそうです。仕事は短時間で集中してやり、趣味である遊びも精一杯やる。そんな暮らしを実現するために、小樽でクリエイター兼フリーの“木こり”として独立しました。
「最初はお客さんも何もいない状態で始めて、糸ノコ盤1台で英文字のロゴを切り出してエイジング塗装を施して、インターネット上の作家サイトで販売していたんですね。そこからだんだん幅が広がって、家具のオーダーなんかも入るようになって、店舗什器だとか内装の仕事もやるようになって。商品が大型化したので、小樽のアトリエも手狭になってきちゃったんですね。」
「そんな時に、この倉庫に出会っちゃったんですよ。ここは私のパートナーの実家なのですが、遊びに来た時にこの大きな倉庫を見て『これは楽しそうだな』と思いまして。天塩川には小樽時代から遊びに通っていたのですが、ここを拠点にしたら、今まで自分が知らなかった遊びのフィールドが広がると思って。そのワクワクドキドキには逆らえず、名寄に来ちゃいましたね。」
毎日がワクワク、ドキドキ。名寄での釣りが日常にある暮らし
こうして名寄に拠点を移した市川さん。移住してから、仕事はもちろん、趣味と遊びにも忙しすぎて嬉しい悲鳴を挙げているとか。
「ひとりでやっているので、そもそも休日ってあって無いようなものなのですが、仕事もあるし、ブルーベリー園もあるし、趣味もいろいろあるから、なんだかんだいつも動いていますね。朝から釣りに行って、それから仕事をするなんてのも普通。いろいろなものが日常に混じっている感じです。そんなことを出来るのも、名寄だからでしょうね。」
「札幌でも小樽でも、最低でも1時間以上かけないと、自分がドキドキするような川って無かったんですよ。でも今なら、10分もかからないところに天塩川がありますから。もう、ウェダー(胴長)が乾くひまもないですね。」
遊びの話題をする市川さんの表情はとても豊かです。市川さんの話によく出てくる言葉は「ドキドキ」と「ワクワク」。天塩川には、札幌や小樽の川には無かったドキドキがあるといいます。
「特に天塩川はスケールが大きいんですよ。滔々(とうとう)と流れて、毎回何が出るか、何が起こるかわからないですから。支流とか、ほかにも釣りポイントもたくさんあって、季節や天候で選べるから、私はとてもドキドキワクワクして、たまらないですね。」
春は川の氷が融けるとすぐ川に入り、増水期にはちょっと休んで、夏から秋はどっぷり、晩秋も雪が降るギリギリまで川に通い続けているという市川さん。「晩秋になると寒くて寒くて。それでも、行っちゃうんですよね」と幸せそうな笑顔を見せます。
冬の相棒はスノーモービル。パウダースノーの森をどこまでも
名寄の長くて厳しい冬は、釣り人である市川さんにとって、本来は少し落ち着ける時期。しかし移住1年目の冬から、市川さんの冬は大忙しだったとか。
「冬はスノーモービルに乗ることが多いのですが、あたり一帯が全部雪原になりますから、農家さんたちにも断りを入れて、平らなところで練習をして、仲間たちとよく山に入っています。一人では絶対行かないですね、危ないので。僕らのチームはちょっと“変態”なので、何かあったら帰ってこれないような場所まで行くんですよ。」
市川さんがよく一緒に出かけているスノーモービル仲間は、市川さん曰く「札幌の変態チーム」というツワモノ揃い。無雪期にはどうやっても行けない、冬でも普通の人がまず行かないようなエリアを冒険し、デコボコがモービルをひっくり返しては皆で掘り出し、パウダースノーの森を満喫しているのだとか。
「名寄の雪は柔らかいから転んでも平気だし、チャレンジもいっぱいできます。免許は必要ないですけれど、運転のスキルと強いメンタルは必要。ビビったら負けなんですね。自分は行けると信じて、行くしかない。そこが最高に面白い。」
釣りと同じかそれ以上に楽しそうに、スノーモービルの魅力を語る市川さん。未開の地に踏み込める名寄の冬は、カメルーンの奥地に通じるドキドキとワクワクに満ちているのでしょう。
雪遊び初心者には「雪板」と「イグルー」
本気の趣味人には「スノーモービルがいちおし」という市川さんですが、もう少しライトな趣味やアクティビティが無いか尋ねてみると、倉庫の奥からちょっと変わったものを持ってきてくれました。
「これは『雪板』と言うんですけれど、スノーボードの原型みたいなものですね。冬靴でひょいと乗って、ひもが付いているのでそれを持って、ゆるやかな斜面でも楽しく滑れるものなので、初心者でも簡単に始められると思います。そり遊びも立ち乗りすると面白いじゃないですか。その延長の感じで、立ち乗りをして、ターンできる板という感じです。これは自分で作ったものですけれど、北海道ならお店にも売っていて、子どもと一緒でも遊びやすいと思うので、まずはおすすめですね。」
「『イグルー』という大きなかまくらのようなものを作るのもおすすめです。その中でコーヒーを飲んだり、おやつを食べたりするだけでも、いつもと違った上質な時間に感じられます。チェーンソーで雪をブロック状に切り出して作るのですが、意外とあったかいんですよ。」
真冬、内陸の極寒地である名寄では、雪は昼間も一切融けず、いつまでもパウダースノーであり続けます。遊びの材料という観点からすれば最高級品ともいえる雪。「せっかくならそのメリットを堪能しないともったいない」というのが市川さんの考えです。デメリットをメリットに。市川さんのように考え方と行動を切り替えてみれば、名寄の冬はぐんと楽しい季節に思えてきます。
春の名寄は、森の散策が楽しい
市川さんにとって、名寄の自然は良き遊び相手。春が近づくとパウダースノーは徐々に失われ、表面がツルッと固まった春特有の雪質になるということですが、この時期にのおすすめは「森の散策」なのだとか。
「春が近づくとだんだん、雪が締まってくるんですね。そうすると、雪の上がすごく歩きやすくなるんです。森の中って夏でも秋でも、草がいっぱいで歩きづらいじゃないですか。それが、春を迎える時期だけは自由に歩けるんですよ。これは楽しいですよ。いつもは歩きづらくて行けないような場所に、スノーシューも一切使わずに行けちゃいますからね。」
「それから、雪が融けてからは山菜ですね。行者ニンニクから始まって、フキノトウだったり、さまざまな山菜が楽しめます。夏にはカヌーもいいし、秋にはキノコもいろいろ採れますから。もう、1年中遊べることが多すぎて、飽きることはないですよね。」
どんな季節も前向きに捉えて、森へ川へと楽しみを捜しに出かけていく市川さん。名寄市の大自然は市川さんにとって、さまざまなものを与えてくれ、体験させてくれる、最高の友達なのでしょう。
名寄に来たら、自然の中に楽しみを見つけてほしい
とはいえ、名寄の厳しい自然条件は、誰もが肯定的に受け入れられるものでもありません。どんな人が名寄に向いていると思うか、市川さんに聞いてみました。
「名寄は、街的な要素はコンパクトにまとまっていて暮らしやすいですが、やはり断然、自然環境の魅力が大きいですよね。だから、自然の中での楽しみ方を見つけられる人なら、ここを十二分に活用できるんじゃないかな。あと、本州だと『誰も来たことがないだろう秘密の場所』ってなかなか無いと思うのですが、名寄ならそういうスポットをあちこちに見つけられるんですね。そういう“発見の喜び”を持てる人も、名寄を楽しめると思います。」
「もちろん、釣り好きの人には絶対におすすめですよ。天塩川みたいな太い川もあれば渓流もあって、1時間ちょっとでオホーツク海にも日本海側も出られるから、両方の海で海釣りができて、朱鞠内湖という、北欧をイメージさせるきれいな湖もすぐ近くにあって、そこにはメーターオーバーのイトウがいたり。すごくドキドキするし、ロマンがあって、釣り好きには夢のようなところだと思います。」
名寄には向いているのは、良き変態!?
最後に、これから名寄に引っ越してきたいというクリエイター達に向けて、先輩である市川さんからのメッセージをいただきました。
「名寄はこの恵まれた環境を活かして、自分で楽しさを生み出せる人にはすごく向いています。人と比べず、自分の好きな事や興味がある事に熱中できるという意味では、そうした人はすごく魅力的だと思うし、一緒にいて楽しい。そういう意味では、0から1をつくる事であったり、感覚的なことも求められる、いわゆるクリエイター向きの土地かもしれないですね。」
「スノーモービルの話で“変態チーム”と言いましたが、私にとって“変態”は最高の褒め言葉なんです。名寄を楽しめる人のキーワードの1つでもあると思います。そもそも、そうした人達が今の世の中を作ってきたと思っていますから、名寄に来るなら『変態求む!』って感じです。(笑)。ぜひ一緒に自分の好きを求めて、名寄での暮らしをたのしみましょう!」
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