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2015年9月15日 小野悦子

新月から満月まで この土地で生きることの祭り―土祭2015

関東平野の北東の端、茨城県との県境に沿って南北に広がる八溝山地の麓に、小さな町がある。栃木県芳賀郡益子町。旧石器時代にまで遡る住居跡や、室町、鎌倉時代の貴重な文化財が点在するこの土地は、1924(大正13)年に移住し、柳宗悦や河井寛次郎らとともに民藝運動を展開した陶芸家、濱田庄司の成功によって、窯業の町として世界的に知られるようになった。その後も手仕事を生業とする人々が全国各地から移り住み、自然と人が織りなす独自の風土が生まれ続けている。

その益子町で2009(平成22)年、新たな祭りが始まった。今年第三回目を迎える土祭だ。 立ち上げ当初は真新しさもあり、町の隅々まで浸透してはいなかった。しかし今回は、ふらりと立ち寄ったまちなかのカフェや民芸店でも、土祭の話を耳にする。「今年の土祭は、何かが違う」。そんな声もあちこちで聞こえてくる。その声の源を探るべく、開催を控えて奔走中の土祭事務局プロジェクトマネージャー、簑田理香さんに、土祭の変遷とそこに込められた思い、今年ならでは見どころについて伺った。

2.公式ガイドブック2009~2015▲公式ガイドブック2009~2015

第一回目の土祭は、2005(平成18)年の「ましこ再生計画」に基づいて企画された。
「当時、ものづくりを通して町おこしをしようという動きが、全国各地で活発になりつつありました。益子でも何かできるのではないか。そんな思いが町として常にありました。」

総合プロデューサーに選ばれたのは、馬場浩史さん。デザイナー兼アートディレクターとして多彩な才能を発揮し、国内外の様々な舞台で活躍した後、1997(平成9)年に益子に移住、その翌年に、オーガニックレストラン&ギャラリーSTARNETを立ち上げた名プロデューサーだ。

3.土イメージ

「農業と窯業の町として、足元の土を<命を循環させるすべての原点>として捉え直し、先人の知恵に感謝しながら、新たな暮らしのあり方を見出していこう」。
このテーマをもとに、祭りは「土祭」(ヒジサイ)と名付けられた。 会期は、「新しい始まりの象徴『新月』から、すべてが静かに満ちる『満月』まで」。長年にわたり、月の満ち欠けと共に営まれてきた先人たちの暮らしに思いをはせ、引き継いだ土壌をより豊かなものにして、次世代に繋げようという願いが込められていた。

4.ヒジノワ改修▲ヒジノワ改修(提供:土祭事務局)

第一回目は、旧市街地を中心に、馬場さんとゆかりのある作家による作品の展示やワークショップ、セミナーを開催。有志で築100年の空き家を改修し、展示会場として利用したり、益子の土を用いて地層をイメージした「土舞台」を作り、「土音楽祭」と題して日替わりライブイベントを行うなど、手探りのスタートを切った。
3年後の2012(平成24)年には第二回目を実施。神社などの文化遺産の残る上大羽地区が更に会場に加わり、より多くの益子在住作家や町民が、祭りに関わるようになった。

5.作家展示藍染(提供:土祭事務局)

2013(平成25)年の夏、祭りを牽引してきた馬場さんが他界し、土祭は大きな転機を迎えた。
「これまでの土祭は、プロデューサーである馬場さんの世界観や風土感をベースに企画や演出が施されていました。3回目の企画をスタートさせる時点では、外から新たに経験豊富なプロデューサーを招く選択肢もありましたが、いや、それは何かが違うと。これまでの土祭の幹の部分を受け継ぎながら、本当の意味で『町の人たちの祭り』にするために、何が必要なのか。改めて原点に立ち返ったときに頭に浮かんだのが、馬場さんも言っていた『風土』という言葉でした。 そもそも風土とは何か。この土地で生きるとは、どういうことなのか。さまざまな職業や地域、世代を超えて、多くの町の人たちが共有できる土台こそが、この土地の風土。そこをあらためて足元から掘り起し、知り、分かち合い、それを基礎として、一から祭りを練り上げたいと思ったのです。」

6.調査風景▲調査風景(提供:土祭事務局)

その仕組みとして生まれたのが、「益子の風土・風景を読み解くプロジェクト」だ。 企画やデザインを行う際の事前リサーチを大切にしようと、土地の風土を丁寧に読み解く実績がある環境デザイナーの廣瀬俊介さんをディレクターに迎え、2014(平成26)年6月に、地域の方々の協力を得て、益子全域の基礎調査を開始。その成果をまとめた『土祭読本』をすべての世帯に配布した。
更に10月からは、町内を13地区に分け、フィールドワークや文献調査と合わせて、主に60代から80代の地域住民を中心に聞き取りを実施。その成果の発表と意見交換の場として、各地区の公民館で「風土・風景を読み解くつどい」を開いた。会場には、生まれも育ちも益子という農家のおじいちゃんおばあちゃんから、焼き物修業を機に移住してきた若い世代まで、多くの顔ぶれが揃い、どこも大盛況だったという。

7.つどい▲つどい(提供:土祭事務局)

実は簑田さんも、もともとは熊本県出身。都内で教育系の出版社に勤めフリーランスになった後、栃木県に移り、益子町に定住した移住者の1人だ。
「つどいに参加された方々からは、『毎日見ている風景に奥行きが出た』『改めていいところに暮らしていると感じた』と、嬉しい声が届きました。日本全国の地方都市に大型チェーン店があふれ、同じような風景が広がっていくなかで、益子には独自の風土が息づいている。手仕事を生業とする個性豊かな人たちが集まっていて、それぞれの生活が自然や土地と深く結びついているところに、大きな魅力があるんですよね。」

8.土舞台▲土舞台

こうした取り組みのなかで生まれた言葉が、土祭2015の「この土地で生きることの祭り」だ。
「風土・風景プロジェクト」で浮かび上がった町民たちの記憶や思いをもとに、「継ぐ」「識る」「澄ます」「照らす」「結ぶ」の5つのテーマに沿って、多彩なプログラムが準備されている。
例えば、「益子の原土を継ぐ」では、益子で採れる3種類の原土を陶芸、染織、絵画などの作家24名が自ら採掘し、それぞれの作品を「陶芸メッセ益子」の旧濱田庄司邸で展示。同じエリア内の「益子手仕事村」では、益子にゆかりのある作家の手仕事がずらりと並ぶ。 トークセッション「益子風土学セミナー」では、農業や自然エネルギーから、民芸、伝統音楽まで、暮らしに根ざしたテーマを設け、ゲストスピーカーと共に語り合うセミナーを開催。中学生が運営する「益子町の魅力を探る“移住者インタビュー”」といった特別企画もある。

9.まちなか映画館▲まちなか映画館

10.夕焼けバー▲夕焼けバー(提供:土祭事務局)

また、会期中は50年ほど前に閉館した映画館「太平座」が、まちなかに復活。このアイデアも、映画館のあった時代を懐かしむ町民の声から生まれた。第一回目の土祭会場として改修され、その後もカフェスペースとして運営されている「ヒジノワcafé & space」で、選りすぐりの映画が連日上映される。
八幡神社で上演される演劇「花音」や、土舞台の「月待ち演奏会」、夕暮れ時の風景や音楽と共に益子の食を堪能できる「夕焼けバー」など、朝から夜まで盛りだくさん。
15日間にわたり、町内のほぼ全域にわたり展示やイベントが行われるので、普段の観光では、なかなか足を延ばせない裏通りや山道を散策しながら、じっくり味わいたい。

11.土祭のぼり旗▲のぼり旗(提供:土祭事務局)

これまでの土祭と同様、会場では大量生産される工業製品は基本的に使わない。既成のテントも立てず、野外の飲食にも益子焼を使い、専用の洗い場まで設けてある。電気は、烏山和紙と益子の竹林から切り出した竹で作られた提灯。150枚ののぼり旗もすべて手作りで、町民たちが墨で書いたものだ。

12.公式ガイド見開き▲公式ガイド見開き

大掛かりな展示を見て、美味しいものを食べ、お土産を買って帰ってもらう、そういった観光や消費のための集客イベントとは対極にあるものを、土祭は目指しているという。
「前回、来場者の方々にアンケートをお願いした際に、こういった試みから、町の普段の暮らし、歴史、積み重なってきた風土を感じ、共感してくださる方がたくさんいらっしゃるということが分かりました。土祭は、わたしたちの土地に根ざした祭りですが、それはきっと、「皆さんの土地での生きることの祭り」でもあると思います。」

13.森イメージ

なにかを介して聞く前に、自分の耳で本当に聞き、 何かを通して見る前に、自分の目で本当に見る。 知っているつもりになる前に、新しい土地へ自分の足で歩いていく―

公式ガイドブックの見開きに綴られたこの言葉の先に何があるのか。 月の満ち欠けと共に、土祭という名の旅が始まる。


土祭2015公式サイト:http://hijisai.jp/

公式ガイドブック「土祭りという旅へ」: http://hijisai.jp/blog/tsutaeru/tsutaeru1/5774/
「事前にじっくり読み込んでから訪れたい」という過去の来場者からの要望に応えて、開催前から公式サイトで販売中。益子の風と土、人の営みを柔らかく編みこんだ小説のような一冊。

小野悦子
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小野悦子

小野悦子国内外を転々とした後、里山に移り住み、作陶しつつ言葉のお仕事も。 茨城や栃木の仲間とともに、世界がちょっぴり変わってみえるようなイベントを空想・企画運営中。恋するように旅するように、色んな風景や人と出逢い続けていたい。

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 「風土」という言葉には、地形などの自然環境と、 文化・風習などの社会環境の両方が含まれます。 人々はその風土に根ざした生活を営み、 それぞれの地域に独自の文化や歴史を刻んでいます。

 過疎が進む中で、すべての風土を守り、 残していくことは不可能であり 時とともに消えていく風土もあるでしょう。 その一方で、外から移住してその土地に根付き、 風土を受け継ぎ、新しくつくっていく動きもあります。

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