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2016年5月21日 ベリーマッチとちぎ

生産者の思いを、お菓子を通じて伝えたい 色実茶寮・磯部なおみさん

栃木県の南東部、里山の豊かな自然が広がる茂木町は、近年、有機農業を手がける新規就農者が増えていることでも知られている。

益子町にあるカフェ・ギャラリー「starnet(スターネット)」で3年間接客を、「ヒジノワ」で5年間カフェの運営を経験した磯部なおみさんは、ここ茂木町で「色実茶寮」という名で植物性素材のみを使ったお菓子をつくり、県内のカフェや自家焙煎珈琲豆店などで販売している。

茂木町の里山の自然から生まれる食材をいかしたお菓子づくりを続けることで、足元にある豊かさを伝えていきたいと考えている。

身近にある豊かな食材をいかし、体にやさしいお菓子を

工房の窓からは、こんもりと連なる里山や麓に広がる田畑を眺めることができる。茂木町の中心部から車で10分ほど、ここで磯部なおみさんはケーキやマフィン、クッキーなど、植物性素材のみを使ったお菓子づくりを手がけている。

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「色実茶寮」という屋号は、音楽活動を行うご主人、磯部優さんのユニット名「いろのみ」から名づけた。

「『季節のさまざまな色を鳴らす』という“いろのみ”のコンセプトは、私が大切にしたいことと重なっていて。旬の食材をいかした『季節の色を感じるお菓子を届けたい』という思いを込めて、色実茶寮と名づけました」

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野菜や果物は、「starnet(スターネット)」で働いていた頃からお世話になっている山崎農園(益子町)をはじめ地元の有機農家から、小麦は、無農薬・無化学肥料のものだけを扱う黒澤製麺所(市貝町)から、米粉は有機農家の空土ファーム(茂木町)からなど、農薬や化学肥料を使わずに育てられたものだけを直接仕入れている。

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「茂木やその周辺には、信念を持って農業に打ち込んでいる方がとても多くて、生産者と直接顔を合わせて、ときには畑も見学させてもらいながら仕入れができます。そうやって受け取った作り手の思いを、お菓子を通じて大切に伝えていきたい。いずれは、歩いて行けるぐらいの範囲にある食材だけを使って、お菓子をつくっていくのが理想です」

 

「どんなに忙しくても、暮らしを大切にしなさい」

なおみさんは北海道の出身。酪農を営む両親のもとで育った。

「自家製のチーズを練り込んだドーナツなど、子どもの頃からよく母と一緒にお菓子をつくっていました。今振り返れば、それが私の原点かなって思います」

大学進学を機に、栃木県小山市へ。卒業後、一度は宇都宮で就職したが、栃木県に来た当初から街の雰囲気にひかれて通っていた益子町に住みたい、なかでもお気に入りのカフェだったスターネットで働きたいという思いがどんどん募っていった。

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「自然と調和した暮らし、衣食住を軸にしているスターネットの取り組みに強くひかれて、『働かせてください!』って門を叩いたんです」

こうしてスターネットで働いた3年間は、なおみさんにとって宝物のような時間となった。

「オーナーの馬場さんには『どんなに忙しくても、まずは暮らしを大切にしなさい』という言葉をいつもかけてもらって。その言葉の大切さを、日々身にしみて実感しています」

また、スターネットで巡りあった同僚や生産者、作り手など、多くの人との出会いも大きな財産に。それは、今の仕事や暮らしにもつながっているという。

 

日々の暮らしに根づいた仕事を

2009年に益子町で初めて開催されたアートイベント「土祭(ヒジサイ)」をきっかけに、誕生したのが「ヒジノワ」だ。築100年の民家を地域の人たちで改装したヒジノワには、カフェとギャラリースペースがあり、カフェは10組ほどのメンバーによって日替わりで運営されている。なおみさんは第1回の土祭でカフェの運営を手伝ったのを機に、スターネットを辞めたあと、カフェメンバーの一員としてヒジノワで定期的に料理やお菓子を提供してきた。

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スターネットの同僚だったご主人の優さんと結婚したのもこの頃。二人は、より自然あふれる茂木町の一軒家に移り住み、家の前の畑で野菜づくりも始めた。

ヒジノワに参加した当初、なおみさんは「いつか自分のお店を開きたい」と考えていた。

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けれど、茂木で暮らすうちに、だんだんと「自分の暮らしをベースに仕事をしていきたい」と考えるようになったという。その原点は、生まれ育った北海道の環境にある。酪農を営む実家では、いつも家族の暮らしと仕事が一緒にあった。また、ヒジノワでつながりが深まった農家や陶芸家、アーティストたちも、同じように生活の中で仕事をしていた。こうした人たちと交流したり、自分たちでも野菜を育てたりしているなかで、「暮らしを大切にしたい」という思いが大きくなっていった。

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「でも、頭で考えたわけではなくて。自分たちがいいなって感じる方向に進むうちに、自然と今の暮らしにたどり着いたんです」

 

家族との豊かな時間を、お菓子を囲んで

なおみさんが、マクロビオティックに関心を持ったのは20代前半のこと。その料理を実践するうちに、「食事は家族の体を整えるための重要なもの」だと実感するようになった。その後、マクロビオティックのお菓子のレシピ本と出会い、著者の先生が開く教室に通った。

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「ヒジノワに参加した5年間で、植物性素材のみでつくったお菓子をお客さんが安心して、喜んで食べてくださる様子を目にするうちに、自分がやりたいことはこれだ! って思ったんです」

お菓子づくりの道を選んだもう一つの理由は、お菓子は暮らしに楽しみを与えてくれるからだ。

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「お菓子とお茶を囲んで、人の輪がつながる。それはとても楽しく、豊かな時間だと思うんです。色実茶寮のお菓子を囲んで、家族との豊かな時間を、子どもたちとの温かいひとときを過ごしてもらえたら何よりも嬉しいですね」

 

足元にある豊かさを発信していきたい

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現在、なおみさんのお菓子は、大田原市にある「秋元珈琲焙煎所」や、JR宇都宮駅内にある栃木のセレクトショップ「縁 enishi」などで扱われている。また、スターネットの先輩である高橋尚邦さん・明美さん夫妻が芳賀町で営むカフェ「mikumari」では、毎週土曜日になおみさん自身が直接お菓子を販売している。

また、なおみさんは、2年前から茂木町の八雲神社で開催されているオーガニックマルシェ「森と里のつながるマルシェ」の実行委員も務める。

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「茂木には、有機農家をはじめ、陶芸や染色の作家さんなど、自然からものを生み出すことを生業にしている方がたくさんいます。この場所には、そんな生き方を支えてくれる豊かな里山がある。私たちはこれまでに巡りあった人たちを通じて、自分たちがたどり着いたこの場所の豊かさを、あらためて教えてもらっている気がするんです」

この春から、なおみさんは農家の人に教わりながら、畑や田んぼの仕事も覚えていきたいと考えている。

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「藝術の“藝”という字には、『種をまく』という意味があるそうです。尊敬しているアーティストや作家さんのなかにも、『美しいものは自然のなかから生まれてくる』とおっしゃっている方がたくさんいて、私もその通りだなって思うんです。自然から生まれてくる美しい芸術や音楽と、おいしいものがあれば、暮らしはとても豊かになる。
私は身近な自然のなかから生まれた素材でお菓子をつくり続けていくことで、自分たちの足元にいいものがたくさんあることを、魅力的な人がいっぱいいることを発信していきたい。それをきっかけに一人でも多くの人が、暮らしを支えてくれている自然や環境に目を向けてくれたら嬉しいですね」

取材先

色実茶寮 磯部なおみさん

北海道出身。大学への進学を機に栃木県へ。宇都宮市にある企業に就職したのち、益子町にあるカフェ・ギャラリー「starnet(スターネット)」で3年間修業。益子町のアートイベント「土祭(ヒジサイ)」をきっかけに誕生した「ヒジノワ」で5年間、地元の食材を生かした料理やお菓子を提供する。その間に、より自然が身近な茂木町に移住。

「いろのみ」の名で音楽活動を行うご主人と築70年ほどの一軒家に暮らしながら、「色実茶寮」として地元のオーガニックな食材をいかした、植物性素材100%のお菓子づくりを手がける。

●色実茶寮
http://ironomi.com/saryo/
●森と里のつながるマルシェ
http://morimaru2014.hatenablog.com/

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