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2014年5月2日 井村幸治

吉野に生まれ育ったDNAと、 ライトテラピーが融合した「吉野檜あかり」

吉野は桜で有名だが、吉野林業の杉や檜(ひのき)も特産品として古くから知られている。ただ、日本の林業は多くの課題を抱え、吉野の優れた木材も山に埋もれてしまう危機に瀕しているという。そのなかで、吉野檜(ひのき)や杉、手漉き和紙をつかった“あかり”を作り続ける作家がいる。吉野町役場から車で5分ほど、坂本尚世さんの工房&ギャラリーを訪ねてみた。

 

心を落ち着かせるオレンジの光と、
暖炉のような揺らぎを持つ「吉野檜のあかり」

坂本尚世さんのギャラリー&工房「あかり工房 吉野」に一歩足を踏み入れると、一瞬のうちにオレンジ色の暖かなあかりと懐かしさを感じる木の香り…、なんとも言えない心地よさに包まれる。壁面に飾られている様々なデザインのアロマライト、フロアライト、天井からのペンダントライト…坂本さんの作品たちが持っている“癒し”の力なのだろうか。

内観

「私の作品の特徴は、吉野檜(ひのき)を薄くスライスした特別の素材が持つ力と、ライトテラピーを融合させたこと。薄くスライスした吉野檜を重ね合わせてシェードカバーをつくることによって、中の電球からオレンジ色の優しい光をつくりだしています。低めの位置からの、暗めのオレンジの光は夕日や炎の色と同じで、緊張をほぐして心や脳をリラックスさせてくれる効果を持つといわれているんですね。これが、ライトテラピー効果です。」

ライト

「また、素材のカットや重ね方によって、一つのライトの中にも様々なパターンをつくり出せるのも特徴。貼り重ねることで陰影や濃淡がでるのです。ゆらゆらと揺らめく暖炉のあかりは、つい見つめたくなる不思議な力をもっていますよね。私の作品も、暖炉と同じような揺らぎ感を醸し出せればいいなと思っています。」

確かに、飾られている作品をみても、ひとつひとつ素材の重なり具合は違っている。漏れ出るあかりはそれぞれに個性を持っているのだ。

坂本さん
▲工房には様々なライトがディスプレイされている

実家は製材所。木に囲まれた育ったDNAと、
「ライトテラピー」が出会った

吉野檜とライトテラピーの融合、このオリジナリティの高い魅力的なあかりが誕生したきっかけは何だったのだろうか?

「私の実家は吉野で製材所を営んでいて、木材に囲まれて育ちました。だから、長い時間と手間をかけて育てられた素晴らしい木が吉野にあることを知っています。しかし、高品質の木材に対する需要がどんどん減り、寂れていく吉野林業の現状も身近に見聞きしてきました。

一方、私自身はインテリアデザインの勉強や仕事を大阪で続けてきた経験を持っています。インテリアを勉強する中で、「照明は心理学、ライトテラピー」という考え方に出会ったのです。そこで、オレンジ色で暗めの照明がリラックス効果を持つこと、人間の脳は思った以上に光に影響を受けていることに気付かされたんです。

ライトテラピーを実践するために照明器具をつくるという課題があって、素材探しをしていたときに閃いたのが、実家の製材所にあった美しい吉野檜でした。」

展示
▲工房には手漉き和紙を使ったライトや、ペンダントライトも展示されている

素材は“かんなくず”、高品質の作品にするためには
特別なかんなくずが必要

良質な吉野檜や杉であっても、住宅や建材としての需要が減っているという現実。それならば、何か別の活用法をみつけることができれば…という思いをずっと持ち続けていたという坂本さん。そして、製材所で生まれ育ったという“DNA”を持つ坂本さんだからこそ、ライトテラピーと檜をコラボさせるという発想が生まれたのだろう。しかし、商品としてのクオリティをもつ作品に仕上げるためには、紆余曲折もあったという。

「木目の向き、スライスする厚さ、貼り合わせる枚数、ボンドなど、すべてが試行錯誤の連続で、とにかくやってみるしかなかった。そもそも素材となるのは“かんなくず”で、本来は廃棄する部分でした。しかし、廃棄物の再利用では満足いく作品を仕上げるとこができなかったので、吉野檜の魅力を生かし切るためにも、素材用として専用に削ってもらうことを始めました。」

作品づくりには、吉野檜の中でも特にいい素材を選んでいるそうだ。間伐や枝打ちという手入れを丁寧に行うことで木目を整えているのが吉野材の特徴だが、その中でも坂本さんが選ぼうとする幅広の柾目(まさめ)材は貴重なもの。

スライスされた檜
▲スライスされた檜の素材。すぐにクルクルと丸まってしまう

「これだ、いい木だと思って製材所に持っていっても、鉋(かんな)で削ってみるとクセがあって使えないことも多いんです。5本のうち使えたのは1本ということもありました。素直な木目を持つ木じゃないといい作品にはできないんです。」

本来は表面を整えるために木材を削り取るのが鉋の役割だが、坂本さんの場合は削り取った薄い木皮が欲しい。通常とは逆の目的になるため、鉋(かんな)の調整も難しいそうだ。

「ライトに使う素材は1枚0.1mmくらいの厚さに揃えています。でも鉋の刃は熱を帯びると伸びるので、スライスする厚さを均一にするためには調整も必要なんです。私の作品は、日本の優れた刃物技術がないと出来ないものだと思っています」。

いい素材を揃えるために、鉋(かんな)の調整も大事な作業

厳選された素材を使ったライトづくりは、デザイン作業にもポイントがあるのだろうか?

「木には1本1本それぞれの個性があり、赤っぽいもの、黄色っぽいものなど色も違います。どんな色味に仕上がるのかは、その時のご縁。完成品は色味を選んでいただけますが、オーダーの時にはお任せいただくことになりますね。

素材を貼り合わせる時には0.01mm単位で計測ができるマイクロメーターを使って確認しています。大きな作品は強度を出すために15枚くらいの素材を貼り合わせているケースもあります。それでも光は通りますし、陰影もでますね。」

マイクロメーター
▲いつも使用しているマイクロメーター

シェードの内側には白熱灯がセットされている。LEDが全盛となり白熱灯の生産を打ち切るメーカーもあるようだが、坂本さんはこだわりを持っている。

「白熱球はフィラメントが熱を発しながら燃えているような状態ですよね。人工のあかりが発明される前、人間が親しんできたの“炎”のあかりに似ていて、このあかりはLEDや蛍光ランプでは再現できないと思っています。ライトテラピーに癒しを感じるのは、白熱灯のお陰でもあると思います。」

白熱灯の持つ熱は、陶器のアロマ皿を熱してアロマオイルを室内に漂わせてくれる。

アロマライト
▲吉野ひのき アロマライト そよかぜ(左)、山+星(右)

吉野の木が持つ力を、最大限に引き出してあげることが私の役割

「吉野檜はオイル成分を多く含んでいるという特徴も持っていて、時を重ねると木の内側から艶(つや)がにじみ出すように、綺麗な飴色に変化していきます。長く使っていただくことによって、あかりも変化していくのです。」

木材は時間を経ることでいい味を出しくれるもの。しかし、その特徴と価値をしっかり理解したうえで、使ってみたいと思う人が減っていることが残念だという坂本さん。

作業中の坂本さん
▲木は1本1本個性を持っている。それぞれの良さを見極めることも大切

「私たちの先輩や、ご先祖さまたちが手塩にかけて育ててくれた吉野の山ですが、今の時代は素晴らしい木が多く育っているタイミングなんじゃないかと思います。吉野材の持っている力、魅力を最大限に活かしてあげること。それが私の役割だと思っています。製材所で生まれ育ったというDNAが、そう思わせてくれているのかもしれませんね。」

壁面ライト
▲飴色に艶を出し始めた壁面のライト

貴重な吉野の山林資源。子どもたちや次の世代のためにもしっかりと守り育てていく必要があるものだ。そのためにも、まず吉野檜の持つ魅力を「あかり」を通じて感じてみることも大切だと思う。坂本さんのギャラリーを訪ねてみてはいかがだろう。

あかり作り教室
▲吉野の檜や手漉き和紙を使った「あかり作り教室」も開催している

あかり工房 吉野 http://www.akari-yoshino.com/
Facebookサイト https://www.facebook.com/akariyoshino
坂本林業 https://www.facebook.com/SakamotoForestry/

取材先

「あかり工房 吉野」坂本尚世さん

所在地
〒639-3125 奈良県吉野郡大淀町北野13-12

電話番号
0746-32-5282

WEBサイト
akari-yoshino.com

※あかり作り教室とギャラリー見学は予約制です。
事前にお電話でご予約下さい。

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井村幸治

井村幸治フリーランス エディター&ライター。住宅やブライダル情報誌の編集に長年にわたって携わり、その後フリーランスとして住宅&都市開発、ブライダル、メディカル、教育などさまざまな分野での取材執筆を重ねてきた。東京、名古屋、大阪をぐるぐる2回転するという転勤&転居を経験したほか、日本各地への取材経験も豊富。飛行機に乗ること、観ること、撮ることが好き。現在は大阪府吹田市、「太陽の塔」の側に住まう。和歌山県出身。

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 「風土」という言葉には、地形などの自然環境と、 文化・風習などの社会環境の両方が含まれます。 人々はその風土に根ざした生活を営み、 それぞれの地域に独自の文化や歴史を刻んでいます。

 過疎が進む中で、すべての風土を守り、 残していくことは不可能であり 時とともに消えていく風土もあるでしょう。 その一方で、外から移住してその土地に根付き、 風土を受け継ぎ、新しくつくっていく動きもあります。

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