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2018年2月15日 ココロココ編集部

農家だからこそ実現しやすい、多様なライフスタイルを秋田で。相場美緒さんの農業を楽しむ暮らし

秋田市内では珍しく、夫婦で農業を営む若手がいます。秋田市仁井田出身の相場美緒さんと、東京から結婚を機にIターンしてきた夫の信之さんです。現在は「あいばやさい」という名前で、育てた野菜を市内の飲食店に納品したり、仁井田在来種の「仁井田大根」を原料にした漬物の商品開発にも挑戦しています。農業の醍醐味、秋田での暮らしについてご夫婦に話を聞きました。

祖父の農地を継ぐと決めてUターンした相場さん

秋田市出身の相場美緒さんは、専門学校への進学を機に地元を離れ、卒業後はそのまま都内のホテルに就職。学生時代から「いつかは秋田に戻りたい」と周囲に話していましたが、2011年6月に祖母が他界したのを機に、ふるさと回帰支援センターにUターン希望の旨を伝え、情報収集に努めていました。

相場美緒さん

早くに母を失くしていた美緒さんは、祖母亡き後、専業農家として農業を営んでいた高齢の祖父のことがなによりも気がかりでした。最終的に美緒さんは祖父の農地を受け継ぐことを決意。2011年10月には地元に戻り、2年間の新規就農者研修を経て、2012年に就農。しばらくは祖父の手ほどきを受けながら、農家として独り立ちしました。

2013年5月には夫の信之さんが婿入りする形で結婚。東京生まれ、東京育ちの信之さんですが、スノーボードの腕前を活かして北海道のスキー場で働いていたり、沖縄で仕事に就いていたこともあるほど、地方暮らしには慣れています。現在も、農業のかたわら、農閑期の冬場は、週末、近隣のスキー場でインストラクターとして勤務するなど、農家だからこそできる半農半Xな働き方を実践しています。

「あいばやさい」の立ち上げと「いぶりがっこ」への挑戦

結婚とほぼ時を同じくして、ふたりは自分たちが作った野菜に名前を付けることに。それが「あいばやさい」です。名前の由来は、美緒さんが昔から苗字で呼ばれることが多かったこと、そして誰にでも分かりやすいという点を重視して、すべて平仮名で名づけました。現在は、和食店、居酒屋など市内の飲食店約20店舗と、スーパー、野菜販売コーナーのある食肉店などに野菜を納品しています。

夫の信之さん

美緒さん「専業農家だった祖父の代では米、ほうれん草、じゃがいも、大根、なすなどをやっていて、それらはすべて市場に卸していました。このあたりは道の駅や直売所などはあまり多くないので、私たちは農業の先輩方とは違う販路開拓をしたいと思っていて、飲食店向けの納品が中心になりました。」

秋田市には若手農家による直売イベント「わかくさマーケット」(毎月第4土曜日11時~13時)があり、相場さんのほか、以前取材した農家アーティストの齋藤瑠璃子さん(「農業とアート、2足のわらじだからこそ楽しい。齋藤瑠璃子さんが農家アーティストとして送る日々」)も出店しています。このイベントは農家と飲食店をつなぐ場にもなっていますが、相場さんの場合は、信之さんの前職も販路開拓に活かされています。

「わかくさマーケット」にて

信之さん「秋田に移り住んでから2年間は広告代理店の営業をしていた関係で飲食店に顔見知りが増えました。退職後に営業をかけて野菜を納品するようになってからはLINEでつながっていて、前日に、収穫する野菜を案内します。店によっては『あいばやさいのバーニャカウダ』というように、メニューに名前を付けてもらうこともあります。地名と野菜を組み合わせたような、まるで地域ブランドのように見えるのがいいなと、後から思いましたね。」

美緒さん「うちは1年を通じて30~40種類ほどの野菜を作っていますが、最近は、このあたりに昔からある仁井田大根も始めました。この大根は皮が堅くて細長く、漬物にするしかないと言われている大根なんです。いずれいぶりがっこ(漬物)にしようと、試作を重ねているところです。」

試作中のいぶりがっこ

「いぶりがっこ」とは、主に大根を原料とした秋田の伝統的な漬物のことで、燻煙乾燥させたものです。じつはこの食文化は秋田県内でも南部の伝統であり、中央部にある秋田市では食べることはあっても、加工して販売している人は少ないのだとか。この日は試作品をいただきましたが、皮の固さがかえって特徴的な食感を出していて、ピリッとした辛みはお酒にも合うような気がしました。商品化が楽しみです。

農業、子育て、秋田暮らしの魅力

ふたりに農業の醍醐味や苦労について聞きました。

美緒さん「夏は3時起きで畑に行って収穫し、袋詰めをして、娘を保育園に送ります。冬は少し遅くて6時起き。でも農家だからこそ、時間の自由度が高いのがいいですね。このあたりは若手農家がいないので、近所にいる70歳近い農家の先輩にかわいがっていただいていて、アドバイスももらいます。最近は近所のコンビニの駐車場で野菜の直売会をやっています。参加者にはリタイアして農業を始めたばかりの方がいたり、農業を通じたコミュニティができつつありますね。」

キャベツ

信之さん「売り上げや販売計画をたてて、その通りに事が進んだ時はうれしいですね。反対に、どうにもならない天候や予期せぬ侵入者もいます。特にこの2年は雨に悩まされました。ブロッコリーやカリフラワーはねずみがかじりますし、とうもろこしは収穫予定日にアナグマにやられたこともありました。」

現在、お子さんがひとりいらっしゃる子育て世代の相場さんご夫婦ですが、それぞれが思う秋田暮らしの魅力について、続けて伺いました。

美緒さん「子供の遊び場として見た時に、都会は車が多くて危険ですが、ここは家と家との距離も適度にありますし、子供が遊んで騒いでも、夜泣きがあっても困りません。空を見上げて、星を眺めてほっとできるのも都会と違った良さです。」

農作業の様子

信之さん「こちらに来てから起床、就寝時間が早くなりましたし、食べるものも変わりました。都会と違ってごみごみしていないのがいいです。ここにいて気づいたことは、選択肢の少なさが、明らかに心の負担を減らしているということですね。基本的に田舎も都会も人は変わらないと思います。相手に対する感想の持ち方が違うだけ。受け取る側の環境の違いによると思います。ごみごみしたところで余裕なく人と接するのと、こちらでのんびり暮らしている中で人と接するのでは大きな違いだと思います。」

地方には娯楽や働き口など様々な面で、都会と比べて選択肢がないと言われることが多いですが、選択肢の少なさを良さと捉える信之さんの話は新鮮でした。

相場さんご夫婦

相場さんご夫婦が住む秋田市と、農家アーティストの齋藤さんが住む仙北市は隣り合っており、同じイベントに参加していることからも既知の仲でした。少ないながらも若手農家は横のつながりがあるので、困ったときには頼れる存在です。もし秋田での農業、そして半分農業、半分別なことという“半農半X”なライフスタイルに興味があれば、その選択肢に秋田はいかがでしょう。冬場は雪が降る秋田だからこそ、案外実現しやすいライフスタイルかもしれません。

聞き手:藤野里美(株式会社キミドリ)

取材先

相場美緒さん

2011年10月、秋田市仁井田にUターン。祖父の農地を受け継ぐ意思を固め、新規就農者育成研修を経て「あいばやさい」を立ち上げる。

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ココロココ編集部ココロココでは、「地方と都市をつなぐ・つたえる」をコンセプトに、移住や交流のきっかけとなるコミュニティや体験、実際に移住して活躍されている方などをご紹介しています! 移住・交流を考える「ローカルシフト」イベントも定期的に開催。 目指すのは、「モノとおカネの交換」ではなく、「ココロとココロの交換」により、豊かな関係性を増やしていくこと。 東京の編集部ではありますが、常に「ローカル」を考えています。

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