カフェ運営とデザイン仕事のチャンス
四国で一番大きな面積ながら人口はおよそ3万人と深刻な過疎化に悩んでいる。これまで休校・廃校した学校は20カ所以上。 一方で、学校などの公共の建物は、地域の人にとっては災害時の避難所やイベント会場など、暮らしの要所としてなくてはならない存在でもある。建物の老朽化を防ぐには、誰かが住んだり継続的に利用したりと「使う」のが一番だ。 そこで、三好市では2012年より廃校活用の動きが始まった。全国で事業計画を募集し、現状有姿の建物を最長5年間、無料で貸す。光熱費などの維持費や改装費は借り主の負担となる。
東京のデザイン会社で働いていた植本さんは、転職を考えていたときに会社の上司を通じて三好市の廃校活用の募集を知る。千葉県松戸市で生まれ東京に進学・就職した植本さんにとって徳島県三好市は縁もゆかりもなかった。 「ちょうど実家の妹がパティシエになり、バリスタの父からコーヒーの淹れ方を教えてもらえることにもなったので、廃校を活用して妹と一緒にカフェをやりたいと思ったんです。私のデザインの仕事は場所を選ばないので、デザイン事務所も併設して。事業計画なんて書いたことなかったけれど、私たちなりに3年分の事業計画を書きました」 そうして2014年の4月に移住。「ハレとケデザイン舎」がオープンした。
自然と人が集まる場に
旧出合小学校は、国道から山に入った場所にあり、カフェとしては決してアクセスがいいわけではない。 カフェをやるということで、国道に近く目立つ場所にある廃校ばかりを紹介されてきたが、どれもしっくりこず、「もっと入りくんだ場所にある物件を紹介してほしい」と依頼して決めたのがこの旧出合小学校。 「窓がサッシではなく水色の木の枠というのもかわいらしくて。色はペイントしたわけではなく元からそうだったんです」 イスも机もソファも元々あったものを使用し、内装にほとんど手を加えていない。
中庭運動場を囲むように並んだ教室の一番手前が、カウンターのあるカフェスペース。その隣は妹さんがケーキを焼くためのキッチン。その向こうにある旧図書室にはおもちゃがいっぱいあり、子連れママがおむつを替えたり靴を脱いでゆっくりしたりして過ごせる。一番奥の部屋は、地域の人がワークショップで木のブロックを敷き詰めた床がおしゃれなワークスペースになっている。 「地域のみなさんにとってはここが使いやすいみたいです。最初は、私たちもこの場所で妹のお菓子教室などのワークショップをやろうと思っていたのですが、私たちがやる前に地域の人が写真展や写真撮影会、木工教室などを企画してくれて。そうして人が人を呼んで、いろんな人たちが集まる場所になりつつあります」
敷地内どこでもでデザインの仕事場になる
ところで、植本さんはカフェのオーナーでもあるがメインの仕事はデザイナーだ。「デザインの仕事はどの部屋でやっているのですか」と聞いてみた。カフェスペースばかりを見てきたけれど、この建物のどこかにデザイン事務所らしい大きなモニターやプリンターに囲まれた部屋があると思ったのだ。ところが、植本さんはあっさりとこう答えた。 「その時によって仕事場はいろいろです。カウンターの中でやることがあれば、営業時間外はソファ席でもやるし、外に出した机でもできますね。建物内にWI-Fiが飛んでいるので、どこでも仕事はできるんですよ」
現在も東京からのデザイン仕事を続けているが、少しずつ地元の仕事も増えてきた。2015年の春にリニューアルした『にし阿波 剣山・吉野川観光圏』のロゴマークも植本さんによるもの。 「このあたりは、夜になると星空がすごくきれいなんです。それと、山の斜面に建つ民家の灯りがぽつぽつとともる様子が、まるで星みたいだなぁと思って、そうしてこのロゴマークが出来上がりました」 煌々と光る東京の夜空を見てきたからこそ気付く、ささやかな灯りの安堵感。緑がかった地色は、昼間に見た吉野川の色を思わせる。
子どもがいきいきと育つ環境を
「移住を決める前に何度か子どもを連れて下見に訪れていたのですが、当時2歳の子どもの喘息が、東京を離れて三好市に来ると途端に楽になることに気づきました。やはり空気が全然違うのだと思ったとき、子どもが育ちやすい環境に身を置くのは大切だなと思ったんです」 そう語る植本さんには、「ハレとケデザイン舎」の次のビジョンがある。 まずはここに宿泊施設の機能も持たせる予定。「子どもたちが自然を知る大人になってほしい」との思いがある。また、三好市には海外から訪れる観光客が多い。住人の一人として、インバウンドに対応でき外国人とコミュニケーションがとれる人材を増やし、ゆくゆくは海外に行って帰ってこれるしくみづくりができればと考えている。