酪農家に憧れた祖父が仲間とともに開拓した土地
この時期の金ケ崎町は一面銀世界です。この静かな雪景色の中、おとぎ話に出てくるような三角屋根の建物が、渡辺みゆきさんが営むジェラートとチーズの人気のお店「カウベル」です。
渡辺さんの実家は先代まで酪農業を営んでいましたが、その始まりは祖父の代からでした。渡辺さんの祖父は東京出身でしたが酪農に憧れており、北海道や満州を渡り歩いた後、仲間5人と金ケ崎のこの地に入植。
酪農業は、現在の岩手県立農業大学校(金ケ崎町)の敷地に間借りし、県から牛を借りる形でスタートしました。当時、日々の暮らしは、牛の世話を終えると牧場開設のために土地を開墾…という生活の繰り返しでしたが、苦労の末に、念願の牧場も構えることができました。
父の代で加工業に進出。祖父からの土地を大事にしたいと、父・娘ではじめた「カウベル」
▲三角屋根が可愛らしい「カウベル」
渡辺さんは三姉妹の末っ子です。専門学校進学と同時に上京し、長らくアパレル業界で働いていましたが、父親の思いに動かされ、Uターンを決意します。
「父が、せっかく牛乳を絞っているんだから加工までやりたいと製造に興味を持っていました。酪農は牛という生き物を相手にする仕事ですから、休みもほとんどありません。姉妹の誰かが継いで続けるというのはなかなか難しいなと思っていましたが、私自身は食べることやつくることは好きですから、経験はありませんでしたが、加工を絡めた形なら家業を手伝えるかもしれないなと思って、戻ってきました。」
さらにお話をうかがうと、戻ってきたのには渡辺さん自身の心境の変化もあったようです。
「若い頃は、東京は刺激的でとても楽しいんですけど、歳を重ねると、たまに帰ってくる実家にありがたみを感じるようになったり、ここから見える風景も大事にしたいなと思えてくるんですよね。何よりも祖父が苦労して開拓した土地ですから。この土地や風景を受け継いで大事にしていきたいという気持ちが芽生えましたね。」
渡辺さんはチーズやバターの製造修行のため、オランダに渡って3か月間学び、戻ってくると、製造許可の申請や看板設置など、お店をオープンするのに必要な事務手続きに奔走しました。約1年間の準備期間を経て、2009年5月に「カウベル」がオープン。ところが残念なことに翌年の3月にお父様が急死。しばらくの間はアルバイトを雇って酪農業も続けましたが、最終的に廃業しました。そこからは渡辺さんがひとりでチーズやジェラートの製造と販売を手掛けています。
▲ジェラートを盛り付ける渡辺さん
ひと手間を惜しまない、丁寧な製法がおいしさの秘密
▲この時期人気のかぼちゃとくるみのジェラート
「カウベル」で主に販売しているのはチーズとジェラート。原料となる牛乳は金ケ崎町産のものを仕入れ、季節によってフレーバーが変わるジェラートも、なるべく身近で手に入る素材を使っています。取材で伺った日は、ラズベリー、かぼちゃ、甘酒、くるみ、ラムレーズンなど約10種類ほどがありました。この先春が近くなると、金ケ崎町特産で近隣の農家さんが収穫するアスパラを使ったジェラートも登場するそうです。
ジェラートは1年を通じてたくさんのフレーバーがありますが、常連のお客様によると、この時期は「かぼちゃ」がおすすめだそうです。実際に食べてみたのですが、一般的な野菜のジェラートによくある粉っぽさが感じられません。何が違うのでしょうか。
「(市販の)フリーズドライのかぼちゃパウダーもあるんですが、これはうちの畑で採れたかぼちゃが原料です。せいろでふかして皮を剥いて、種をとって、ミキサーにかけて裏ごしして…という工程を経ているので、粉っぽさがあまり感じられないんだと思います。」
渡辺さんが手がける商品すべてに共通することですが、この、ひとつひとつ手間を惜しまない丁寧な製法が、「カウベル」のおいしさの秘密のようです。この日はほかに甘酒ジェラートもいただきましたが、かぼちゃとくるみのダブルの後でも、くどくないのでぺろっといけてしまいました!
▲庭にある西洋クルミがジェラートの原料に。店頭販売もしています
▲季節限定のバター「山のバター」
▲曜日限定販売のフレッシュモッツァレラチーズ
そして、限定販売しているのが、フレッシュモッツァレラチーズとバターです。フレッシュモッツァレラは数が少ないこともあり、すぐに売り切れてしまうそうです。バターは牛乳と塩のみで製造されており、気温が低くなる冬の間だけ販売されます。販売時期が来るとまとめ買いする常連さんもいるほど人気です。
開拓民精神を受け継いだ渡辺さんがチャレンジしたいこと
最近はSNSの普及もあり、「カウベル」は地元だけでなく市外にもファンがいます。この日も、お店を訪ねてくる車の中には金ケ崎町から1時間ほどかかる地域「盛岡」ナンバーもありました。渡辺さんによると、近隣の夏油高原スキー場(北上市)や温泉の行き帰りに寄られる方も多いとか。
着実にお客様をつかんで離さない「カウベル」ですが、今後、渡辺さんがチャレンジしたいことについて伺ってみました。
「ゆっくりとしたお店にしたいので、一点一点、数は出せませんが、旬のうまいもの、季節に応じた商品展開でやっていきたいですね。それと、まだ許可もとっていないので構想段階なのですが、お店の2階を民泊に使えたらいいなと考えています。」
「カウベル」の裏手が渡辺さんのご自宅です。同じ敷地内に昔使っていた牛舎があり、現在、羊2頭と山羊15頭ほどを飼っています。羊は季節になると、友人知人らと集まって毛を刈り、羊毛は保管しているとか。アパレル業界経験者であり、何よりも開拓民のチャレンジ精神を受け継いだ渡辺さんなので、いずれ新たな取り組みも始まりそうですね。
金ケ崎町はこんな町!協力隊にも盛り上げてほしい
現在、金ケ崎町では地域おこし協力隊を募集中です。最後に、渡辺さんから見た金ケ崎町と協力隊に期待することをお話いただきました。
「地域によって特徴がありますね。私たちのように満州から引き揚げて開拓で入った人たち、奥のほうには山形から昔に移住してきた人もいます。昔から住んでいるという方でも、武家屋敷があった地域と農業をやってきた人たちがいる地域でも違いますね。」
▲冬の金ケ崎町は一面銀世界
さらに岩手の内陸部でよく話題になるのが「伊達と南部」です。藩政時代に南部藩領だったのか、伊達藩領だったのかで、いろいろな場面で今でも違いがあり、料理の味付けが異なったり、同じ汁物でも具材が変わったりする、東北ならではの面白い特徴があります。ちなみに金ケ崎町は伊達藩の北限で、藩境の町でした。
「(南部藩だった)花巻市の人に、くるみといえば“きりせんしょ”にする、と言われた時はぴんときませんでした(笑)。そういうお菓子があるんですよね(花巻市は金ケ崎町より北にあり旧南部藩領)。町内だけでなく、地域によっても、ルーツによっても違いがあるのはよくあることだと思います。これで困ることはありませんが、そういうものなんだと楽しめる方にきていただいて、 金ケ崎町を盛り上げてくれるといいですね。」