地域一体となって推進してきた「ぶどうとワインの里」大迫
花巻市大迫地区のぶどう栽培は、昭和22年と23年に、それまで主要産業だった葉タバコが台風によって大打撃を受けたことをきっかけに、それに代わる産業として奨励されました。大迫の土壌と気候が、ワインで有名なフランスのボルドー地域に似ているということも大きな理由で、当時の岩手県知事・國分謙吉氏の提案によるものでした。
昭和37年になると、岩手ぶどう酒醸造合資会社(現・株式会社エーデルワイン)も設立され、地域一体となって「ぶどうとワインの里」への取り組みを推進。その甲斐もあって昨今では、著名な漫画でワインが紹介されたり、各種のコンクールで入賞したり、国内でもトップクラスのワイナリーとなりました。さらに大迫地区の醸造用ぶどう生産者はすべてがエコファーマーとして認定されています。化学肥料や農薬使用を控えた土壌づくりとぶどう栽培に取り組んでいるため、エーデルワインは原料としても良質なぶどうが手に入るのです。
しかし近年は地域の過疎化に伴い、ぶどう農家の後継者不足と高齢化という問題が浮上。生産者の高橋和子さんによれば、大迫のような山間地では、ぶどうが適しているようですが、畑ひとつひとつの面積は小さくならざるを得ず、農家一軒あたりが所有する土地面積もそう大きくはありません。大迫地区はぶどうに適した風土ではあるものの、現時点ではぶどう専業で生計が成り立たないというジレンマを抱えています。
大迫のファンづくりも視野に「ぶどうつくり隊」「ぶどう部」が発足
▲生産者の高橋和子さんご家族と「ぶどうつくり隊」
この問題に対応すべく関係者の間で議論がされてきた中、市職員の発案による通称「ぶどうつくり隊」や「ぶどう部」と呼ばれる作業ボランティアの企画が昨年実現しました。人手不足の生産現場を補うだけでなく、定期的に大迫に足を運んでもらい、この地域のファンになってもらうことも視野にいれたものです。
「ぶどうつくり隊」は登録制ボランティアで、花巻市が行った東京でのイベントや地方紙への出稿、花巻市サイトへの掲載を通じ、近隣の盛岡市、釜石市、東京などから27名が登録しています。派遣先のぶどう農家の取りまとめはJAとエーデルワインが協力し、鈴木さんら協力隊は登録者の窓口となって日程調整から派遣までを担当しました。
「ぶどう部」は岩手大学(盛岡市)の学生サークルで、鈴木さんが友人を頼りに働きかけて立ち上がりました。昨年は11月上旬に10人ほどの学生が大迫を訪れ、JAや生産者の話を聞き、エーデルワインの工場を見学し、ぶどう栽培やワインづくりについて学びました。今後も何らかの形で大迫に足を運んでもらうようです。
協力隊が取り組む、ぶどう農家全戸訪問に寄せられる期待
鈴木さんら協力隊は、現在約120件あるぶどう農家の全戸訪問にも取り組んでおり、それぞれが抱える問題を丁寧にヒアリングしています。これは初めての試みであり、エーデルワインの佐々木さんも調査結果に期待を寄せています。
「ひとくちに後継者がいないといっても、その状況は様々です。子供世代がいないという場合もあれば、子供は“家”は継いでくれるけれども、会社勤めをしているのでぶどう栽培を継ぐ予定はないという場合もあります。直接対面して120件それぞれの状況を細かく聞いてもらうのはありがたいことです。私たちが今まで持っていたデータや経験を覆す何か発見があるかもしれません。」
期待を寄せるのは醸造用ぶどうを専門に手がける高橋和子さんも同じです。
「昨年ぶどうつくり隊が派遣されたのは助かりました。人手不足が補えれば、ぶどうの品種を変更し、作業のタイミングをずらすことによって負担を減らし、栽培を続けられる可能性もあります。」
花巻農協ぶどう部会大迫支部長の佐々木和弘さんによれば、
「生食用と醸造用で栽培方法は異なるが、どちらかが極端に楽に育てられるということはありません。天候によっていいものができる時とそうでない時とある。どちらか一方がいいとはなかなか言えない。」
以前の大迫地区の取材によれば、生産者は高齢化していても高い技術力は健在のようです。作業負担をボランティアで補いつつ、その技術力を次世代に継承する方法を模索し、作付け品種の割合を調整していくことで兼業でも続けていける道を探る…様々な可能性を追求するためにも、ぶどう農家全戸訪問の調査結果には関係者の期待が寄せられています。
ぶどう農家の助っ人として奔走する協力隊の存在
厳しい状況ではあるものの、鈴木さんら協力隊は、少しでもぶどう畑の廃園数を減らす策を打ち、高齢でもぶどう栽培を続けたいという生産者を支援していきたいと話してくれました。
ぶどう農家の栽培指導などにあたっているJAの高橋真也さんによると、協力隊が着任してからまだ半年ながら、その存在は関係者に刺激を与えているようです。
「私が知るだけでもぶどう農家の平均年齢は70歳。これまでなんとかしたいという気持ちがあっても、それぞれに目の前の仕事があり、なかなか動けなかった。協力隊という新たな風が入ってきて、起爆剤になることを期待しています。少なくとも現時点で我々関係者にとっては、大迫のぶどう産業を盛り上げていかなければと奮起させてくれる存在です。」
3年という任期の間で劇的な成果をあげることは難しいかもしれませんが、手を打っていく時間は少しでも長くとれたほうがいいはずです。大迫の協力隊がぶどう農家の助っ人として、生産現場を支える姿に今後も注目していきたいと思います。