なめこ一筋の人生を歩む、30代半ばの若きエキスパート
家業を継ぎ、加茂農産の2代目として活躍している加茂直雅さんは現在35歳。父が培ってきたなめこ栽培の施設と技術に、自らが外で身につけた新しい知識を織り交ぜながら、農場に新しい風を吹き込もうとしている若き農場主だ。
「ここは父が若い頃からスタートして、だいたい40年ぐらいになるんですが、最初の頃はただ木の箱におがくずを入れて、そこになめこの菌を撒いて、外に置いて、秋にだけ出荷するというやり方だったそうなんです。その後、だんだん栽培技術が発達してきて、こういった施設の中でやるようになったのは、平成に入ってからのことです。」
加茂さんは小さな頃から2代目として家業を継ぐことを決意していたという。大学は農業関連の大学を選び、卒業後もすぐには家に戻らず、キノコ栽培の大手企業に就職し、最新の栽培技術や商売のノウハウを学んだ。実家に戻ったのは29歳の時。現在は7年目になるという。
培養に80日間。ゆっくりペースの栽培法が美味しさを生む
「キノコを栽培するには3種類の方法があります。ひとつは森に生える、天然のキノコですね。ふたつ目は、木を伐ってきて、その原木に種駒(たねごま)を打ち込んで、林の中などで栽培する『原木栽培』と、3つ目は、うちのように施設の中で栽培する、『菌床栽培』です。」
加茂農産で行っている菌床栽培では、プラスチックの容器に「おが粉」(木くず)と、「米ぬか」(米の外皮)、「ふすま」(小麦の外皮)を混ぜて入れ、蒸気で殺菌した後になめこの菌を植え、人工的に作った環境に置く。収穫までにはだいたい100日かけているが、そのうち80日間が「培養」の期間に充てられるという。一般的な培養期間が55日から70日ということなので、だいぶ長い培養期間になるが、それが加茂さんのなめこの美味しさにつながっている。その後、秋の気候を再現した「発生室」に移され、20日間で、一気にキノコの姿になるそうだ。
加茂農産の名物は、自然の姿により近い「2番なめこ」
普通のなめこ農家の場合、収穫は1回のみで終わってしまうが、加茂さんの場合はちょっと違う。収穫を終えた容器をさらに20日発生室に置き、「2番なめこ」の発生を待つのである。
「うちの一番の特長は、ひとつの瓶から、『2回目なめこ』を収穫していることです。2回目に収穫するなめこは、見てのとおり、同じなめことは思えないような大きさになるんです。2回目は“力のあるなめこ”だけが出てきますし、栄養成分が減っている分、おがくずを分解して、そこから栄養素を作り出して育ってきますので、天然のなめこの生育環境に近いものになっていると考えられます。発生する量が少ないので効率としては良くないのですが、美味しいですし、環境にも優しいですしね。」
加茂さんのなめこは確かに美味しい。取材後、大小いろいろなサイズのなめこを買わせてもらい、家でなめこ汁やなめこおろし、加茂さんおすすめの「2番なめこの天ぷら」なども試してみたが、なめこ自体の風味が非常によく出ていて、「キノコを食べている」という喜びを噛みしめられる。
「うちのなめこを食べたお客さんから、『加茂さんのなめこは味があるね』って言っていただくと、一番嬉しいですね。『美味しい理由は?』と聞かれるといろいろあるんですが、通常よりもゆっくり培養させていたり、原料のおが粉に、なめこに最適だと言われている桜の木を使っているのが、美味しさにつながっていると思います。もちろんほかにも、中に入れている栄養素の配合や、栽培する温度と湿度の環境の作り込みなどもこだわっています。うちはなめこ一筋ですから。」
大震災を受けての価格暴落。その後も続いた風評被害
良質なナメコを安定的に供給し、市場からも高い評価を得ていた加茂さんのなめこだったが、震災と原発事故を受けて、状況は一転した。しばらくの間は出荷どころではなかったというが、出荷が再開されてからも、現実は厳しかった。
「4月に出荷を再開しましたが、量は半分、単価は半分以下に落ちました。」
風評被害は、最初に1年の間は特にひどかったという。
価格は下落し、県外への出荷については、福島県産というだけで拒否され、返品されることもあった。
「知識のある人であれば、なめこが施設の中で作られた安全なものということは分かるんでしょうけれど、普通の人は、山のもの、原木のもの、施設のもの、ということは分かりませんから、仕方ないのかもしれません。」
少しずつ回復はしてきたものの、震災から3年近く経った今でも、以前の水準までは戻っていない。東電からの補償もあるが、風評被害による損失を補うには足りず、厳しい状況が続いているようだ。
そんな中で、「補償金をいただけなければやっていけない経営など、この先持続していく意味があるのだろうか?」と考えるようになり、現在は「補償金に頼らない、いわきでの持続可能な経営」を目指して、日々活動している。
そのような状況ではあるが、震災で思わぬ発見もあったそうだ。
「実は震災直後、一時期に家族で新潟に避難したので、その間は施設をごく低温にしていたんですね。帰ってきてからも出荷ができなかったので、近くの避難所に配って食べてもらっていたんですが、その頃のなめこがすごく美味しかったんです。グリグリっとした、大きくなっても傘が開かない、それは素晴らしいなめこでした。」
これは加茂さんの仮説だが、「低い温度でじっくり培養した分、なめこの美味しさが凝縮された」という可能性が高いそうだ。「今度はこれを新商品にできたらいいですね」と、加茂さんは笑顔で語ってくれた。
実際に来て、見てもらうことが、信頼につながる
風評被害を目の当たりにして、「何とかしないと」という気持ちが高まっていた頃に、「ineの会」事務局の北瀬さんから「バスツアーのコースに入れたい」という申し出を受け、加茂さんは快諾した。
バスツアーによって、加茂農産にも「いわきを応援したい」という多くの人が、都心から訪れるようになった。
「ツアーに参加された方の反応は、すごくいいですね。震災前も小学生の社会科見学などは受け入れていましたが、こうやって大人の方が見て、喜んでもらえるというのは新鮮でした。僕たちがいくら『安全です』って情報発信しても、発信できる量には限りがありますから。実際に来てもらって、見てもらうっていうのは、すごく説得力があるのかな、って思います。」
実際に取材で訪れて感じたことだが、加茂さんのなめこの「発生室」は、かなりのインパクトがある。広い部屋の中に、なめこの瓶がぎっしり! なめこの瓶は発生室に入れた日順に並んでいるので、部屋の入口から奥に入っていく中で、なめこの成長過程そのものを、一目で見ることができるのだ。 ツアーで訪れる人も、この「なめこ部屋」を見学し、加茂さんの人柄に触れて、実際になめこを味わえば、すぐにファンになってしまうことだろう。
なめこ農家ならではのおすすめ食べ方
最後に、なめこ専業農家ならではの、究極の食べ方について教えてもらった。
「先ほど少しお話した、『2番なめこの天ぷら』などは、なかなか思いつかない食べ方だと思いますけれど、すごく美味しいんですよ。あとは、炭火で焼けば最高に美味しいですね。大変なら、トースターで焼くだけでもいいですし、なめこおろしにして、醤油ではなく、めんつゆで食べるのもお薦めです。」
加茂さんのこだわりと愛情が詰まった「加茂農産のなめこ」。その美味しさと安全性を確かめるためにも、ぜひ一度、見学ツアーに参加してみていただきたい。