7人の作り手が始めた「海・山こだわり市」
「付加価値をつけた、紀北町ブランドの構築や六次産業化を実現したい」という志を持った第一次産業生産者が5年前から始めた「三重 紀北町 海・山こだわり市」(以下「海・山こだわり市」)。地元の生産者がこだわって作った商品を、消費者にこだわりを伝えながら直接販売する市場としてスタートしたこの催しには、野菜や、さば、たいなどの鮮魚、渡利牡蠣、あおさといった旬の食材など、こだわりの海のもの、山のものがずらりと並び、地元はもちろん、都市部からもたくさんの人が訪れています。年3回行なわれ、16回目を迎える今年、8月25日(土)17~20時に行なわれる「海・山こだわり市」では、市場だけでなく、キッズナイトプールや港ヨガ、ビアガーデンなど夏の夕べを楽しめる特別イベントを企画中。子どもから大人までみんなで楽しめるイベントに成長しました。
実行委員長を務めるのは山口剛史さん。紀北町の出身で、15年ほど前に故郷の紀北町へUターンし、家業の魚類養殖を継ぎました。それまでのように養殖した魚を市場に出荷をするだけではなく、もっと販路を広げたいと模索する中、鯛を釣り堀に放流し、お客さんに釣ってもらう「海上釣り堀 貞丸」を開業します。この釣り堀が人気となり、販路を拡大できただけでなく、紀北町に人を呼び込むことにも成功。さらに「遠くから紀北町にきてくださったお客さんに、釣りだけでなく、紀北町の魅力を知ってもらえたら」と考えていました。
山口さんは自身と同じようにモノづくりを通して地域の魅力を発信したいというアツい思いのある20〜40代の若手の第一次産業生産者らに声をかけたところ、同じ思いを持った人たちが集いました。そこで「海・山こだわり市実行委員会」を組織。実行委員に名を連ねるのは、山口さんの他、西村友一さん(アオサのり養殖)、石倉至さん(農業・かぼちゃ.ニンニク生産)、加藤公彦さん(林業・菌床しいたけ栽培)、尾崎美華さん(農業・イチゴ栽培)、山根伸彦さん(大阪府立園芸高校・教諭)、岩本修さん(農業・ハウストマト)、大野眞さん(町内会社員)の7人。全員U・Iターンをし、紀北町で暮らしています。開催に向けて何度も集まり、企画、準備を進め、2013年8月24日に、第1回目「海・山こだわり市」を引本港・引本漁協で開催しました。
地域に根ざした六次産業化を
「海・山こだわり市」のコンセプトは「生産者が格好良く見えること」。生産者が直接、こだわりの野菜や鮮魚の販売に思いを伝えながら販売します。それだけでなく、真鯛バーガーなど1日限定のメニューや、町内生産者である、「みやまや」のあおさ、「加藤椎茸店」のしいたけ、「デアルケ」のトマト、「紀伊ファーム」の赤シソ、「貞丸水産」のマダイを詰め合わせた「こだわり詰め合わせパイ」などの実行委員コラボメニューなども販売。六次産業化に向けたトライアルの場所としても活用しています。
山口さんは「商品開発については、第一次産業生産者だけでやっていても同じような形になってくるので、常に新しいアイデアを取り入れていきたい。商品開発能力は、それで商売されているケーキさんや鮨屋さんの方が優れているし、一緒に作ることでアドバイスをもらえます。そしてできるだけ、東京の有名なレストランの方ではなく地域のお店や会社等と一緒に、地域に根ざした形でやっていきたいですね」と話します。
さらに「海・山こだわり市」は近隣の市町村にも刺激を与え、東紀州5市町の地域愛とプライドをかけた食対決イベント「東紀州棒対決グランプリ」にも発展。「地域のコミュニティの濃さが増えることに加えて、外にもコミュニティの場が広がっていった。それでも“生産者が主役”という軸があるので、広がり方もおかしくないんですよね」と山口さん。
“孤独な”第一次産業従事者の交流の場に
「『海・山こだわり市』に参加するようになり交流の幅が広がった」と話すのは、最年少実行委員の岩本修さん。
「夜みんなで集まって話しながら準備しているだけなんですけど、そういう時間も楽しいんです。今までなかった第一次産業生産者さんとの交流もできますし。特にしいたけ屋さんとは腹を割って話せる仲になりました。」
トマト農家を営む「デアルケ」の岩本さんは8年前に紀北町に移住し、「農業の伸びしろに魅力を感じて」23歳で就農を決意。「農業は絶対的に需要があって、世の中から求められている産業。農業をやっていたら、『頑張っとるなあ』って褒められるんですね(笑)。ちょうど大企業が農業に参入する流れもあって、農業に自然と興味がわきました」と振り返ります。
2010年に未経験からトマトの水耕栽培を開始。2014年からはジュースやジャムなど、加工品の製造販売も始めました。自社栽培の新鮮な完熟フルーツトマトを使い、トマトが半分の重さになるまで低温でじっくり煮詰めてつくった極濃・極甘の「200%トマトジュース」は、「伊勢志摩サミット2016」で採用され、現在は1年半待ちの人気商品に。最年少ながら六次産業化、ブランド化の先駆者として、実行委員会でも一目を置かれています。
岩本さんが “しいたけ屋さん”と話した、菌床しいたけ栽培農家「加藤椎茸店」の加藤公彦さんは、大学卒業後、海外でワーキングホリデーを経験。帰国後は京都で飲食店の立ち上げなどに携わり、その後、紀北町に戻って農業を継ぎました。
「家業を継いだ時に立てた目標のひとつに、子どもの嫌いな食べ物ワースト3位に入るしいたけをなんとかしたいというのがありました。嫌いな理由は、匂いと食感。それをなんとか解決したい」としいたけチップス「たけチ」を開発。他にも、しいたけ栽培セットを販売するなど、新たな取り組みを始めています。
加藤さんは「海・山こだわり市」について、「朝から夜まで仕事をしているので、人のつながりがなくなってしまったんです。そういう状況の中で人との繋がりを持てたのはすごく良かったなと思いますね。年齢を重ねると、遊ぶってあまりしないと思うので、こういうイベントで繋がるというのもありですよね」と顔をほころばせます。
山口さんも「自分一人でやっていたら、もう終わっていた。仲間がいるからやろかなという気になりますね」と異口同音。さらに、実行委員会だけでなく、地域のママさんたちが手伝ってくれるようになったことも大きいと加えます。ママさんたちが作ったクラフト雑貨を販売する他、惣菜加工場での調理を手伝ってもらうなど、なくてはならない存在になっているそう。加藤さんも「自分の奥さんは移住者で地域とのつながりがないので、奥さん同士の交流ができるのもメリットかなと思います」と同意します。
「第一次産業に就きたい」と都会から移住した方も
「海・山こだわり市実行委員会」を中心に、第一次産業の可能性と地域のつながりを少しずつ広げている紀北町。この町に惹かれ移住してきた人もいます。現在、紀北町の地域おこし協力隊として活動する塚越美奈子さんは、縁もゆかりもない紀北町に2016年に移住しました。
「紀北町のことを最初に知ったのは、当時勤めていた会社の上司から何気なく渡された、第一次産業体験ツアー(以下、ツアー)のチラシでした。いずれは第一次産業に携わりたいと思っていたので気軽な気持ちでツアーに参加し、農業と水産業を体験しました。」
紀北町との縁も、農業や水産業の知識もなかった塚越さんですが、ツアーは現地の人とつながるきっかけになったそうで、ツアー後もイベント「海・山こだわり市」の手伝いをしたり、よりリアルな仕事の話をするために、紀北町を訪れました。
「元々、第一次産業への憧れがありましたが、ツアーに参加し現場や働く方々を見て、やっぱり第一次産業はかっこいい!と強く感じました。自分の目で見て、体験してみないとわからない部分ってありますよね。」
その後、塚越さんは「もっと町のことを知りたい」と地域おこし協力隊に着任、現在は移住定住促進の仕事をしながら、農業や水産業に就く道を模索しています。
塚越さんが紀北町に移住するきっかけとなった、第一次産業体験ツアーが今年も開催されます。ツアー体験者かつ先輩移住者としての立場から、塚越さんへ今回のツアーへの想いを伺いました。
「紀北町のことを知らなくても、田舎で暮らしてみたい、生きていく場所を変えたいなどライフスタイルにモヤモヤがあって迷っている方が参加してみてもいいと思いますよ。町の人と話していると感じる何かがあると思います。もちろん、第一次産業に興味がある方は、自分から話しかけたり積極的に動くと得るものが大きいのでは。」
ツアーでは今回ご紹介した山口さんをはじめ、「海・山こだわり市実行委員会」の皆さんと直接お話しできます。リアルな紀北町を感じる貴重な機会ですので、ぜひ参加してみてはいかがでしょうか?