東京から約1時間で着く世界農業遺産のまち
今回ココロココ編集部がやってきたのは、奥能登の玄関口である石川県能登半島の穴水町(あなみずまち)。飛行機を利用すると、羽田空港からのと里山空港までたったの1時間、空港から穴水町も車でわずか10分と、実は都市部からのアクセスが抜群に良いまちなのです。
フィールドワークの前に、まずは穴水町・産業振興課長の樋爪友一さんから穴水町について紹介していただきました。
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穴水町・産業振興課長の樋爪さん
穴水町は人口約8,500人のまち。主要産業は主に農林水産業で、複雑に入り組んだ湾では牡蠣やなまこ、黒鯛など、さまざまな魚介類が捕れます。
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毎年2月に行われる「かきまつり」では、なんと1日で2万個の牡蠣が消費されるそう
2011年6月には、穴水町を含む「能登の里山里海」が国内で初となる「世界農業遺産」に認定。伝統農業やそれに関わって育まれた文化、景観などが認められ、県内外から注目を集めています。
都会からのアクセスが良いことから、最近では移住の問い合わせも増加。しかし、実際に暮らすには、住居や仕事などさまざまな問題が出てきます。そこで、穴水町では新規開業や起業支援制度を整え、移住者をサポート。なかでも、空き家を使った農家民宿の開業に力を入れており、今では年間2~3件のペースで新規開業の問い合わせがあるなど、まちの観光業にも大きな影響を与えています。
「穴水町は農家民宿を核とした地域づくりを進めています。穴水町の近隣のまちと連携を取りながら、観光客が長期滞在しながら能登半島を巡るようなスローツーリズムの拠点にしたいですね」と樋爪さん。
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移住者が開業した農家民宿。今後は10軒を目指すそう
すでに穴水町では7軒の農家民宿が開業。今後も農業や漁業、民宿業などを組み合わせながら、移住者が安定した暮らしができるようなビジネスモデルを構築するなど、町をあげてさまざまな取り組みをカタチにしています。
穴水町の伝統漁業「ボラ待ちやぐら」再生までの道
穴水町の基本情報を知ったところで、いよいよまちを巡っていきます!今回のフィールドワークを案内してくださったのは、能登半島の魅力を引き出し、地域の人と協働しながらさまざまな企画を立ち上げ発信しているえんなか合同会社・代表の齋藤雅代さん。
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えんなか合同会社の齋藤さん
能登半島での齋藤さんの活動を取材したインタビュー記事も公開されました!こちらも是非ご覧ください!
一行が最初に訪れたのは、穴水町の南端にある漁師町・新崎(にんざき)地区。海沿いを車で走っていると、穏やかな海にポツポツと木で組んだ大きな櫓(やぐら)が見えてきます。
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穴水町を訪れた天文学者パーシバル・ローエルは、著書『NOTO』の中で、この櫓を「怪鳥ロックの巣のようだ」と表現したそう
これはボラという回遊魚を捕るための漁業用の櫓。穴水町では200年以上前から「ボラ待ちやぐら」という伝統漁法が行われています。
その漁法はとても原始的。櫓の上からボラを見張り、あらかじめ櫓に張られた網にボラの群れが入ったところで網をたぐりよせ捕獲する、まるで“人と魚の根比べ”のような漁です。
最盛期には穴水町各地に20基以上の櫓が立っていましたが、もともと効率の良い漁法ではなく、漁として生計を立てる難しさなどから1996年を最後に途絶えてしまいました。しかし、新崎地区では地元の漁師たちの働きかけで、2013年にこの漁を復活。さらにボラ待ちやぐらの認知度を高めるためのさまざまな活動に取り組んでいます。
「ボラ待ちやぐらは、ただ待つだけの漁。ボラの生態は謎な部分が多く、漁獲量は年によって変動することもあります。今までは捕れた分を地元で消費するしかありませんでしたが、ボラを使った商品開発などを行うことで、少しずつブランディングを進めています。漁師にとってボラ漁が生業になるような取り組みを続けていきたいですね」
と語るのは、ボラ待ちやぐらを復活させた「新崎・志ケ浦地区里海里山推進協議会」の山瀬孝さん。
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「ボラ待ちやぐらを復活させる意味は何なのか、地元の漁師で話し合いを重ねました」と山瀬さん
実際に、穴水町で捕れたボラは「ボラバーガー」やボラのお茶漬けといった商品として少しずつ認知度が広がっているそう。さらに新崎では個人やファミリーで楽しめる「釣り筏」や婚活イベント「釣りコン」を開催するなど、漁だけにとらわれず、地域ぐるみで盛り上げるための活動を行っています。
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ボラの概念が変わる!?穴水の新名物「ボラバーガー」
東京出身の看護師が始めたかき氷屋「うみねこパーラー」
新崎地区には移住者が開いたかき氷屋さんがあるとのことで、こちらにも足を運んでみました。おしゃれな佇まいが特徴の「ウミネコパーラー」は2018年の夏にオープンしたカフェ。オーナーの足立秀幸さんは東京出身。なんと現役の看護師という、異色の経歴の持ち主です。
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地元の果物を使ったかき氷が大人気!週末には100人以上のお客さんが訪れる
足立さんがかき氷屋を始めたのは、長野の病院に勤務していた2014年のこと。かき氷マニアの方に勧められたことをきっかけに、週末、イベントなどでかき氷屋を出店していました。その後、在宅医療を学ぶために金沢の大学院に進学。2016年に穴水町の病院が主催した勉強会で穴水町をはじめて訪れ、まちの景色に感動したそうです。
「休憩時間に散歩をしていた時に見た夕日がすごく綺麗だったんです。もともと地域医療にも興味があったことから、穴水町への移住を考えるようになりました」
地元の人に新崎地区の空き家を紹介してもらい、移住と開業を果たした足立さん。現在は能登エリアで訪問看護を行いながら、週3日は「ウミネコパーラー」をオープンするというワークスタイルを築いています。
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「いずれはこの近くにゲストハウスもつくりたいですね」と足立さん
海沿いに咲く野生の椿を地域の特産物に
次に向かったのは穴水町の東側にある鹿波(かなみ)地区。海岸沿いのこのまちでは、なんと野生の椿(ヤブツバキ)が3kmにわたり、自生しています。
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急斜面に自生している椿はとてもワイルド!
この景観を保存し椿を活用しようと、地元・鹿波椿保存会の楠久雄さんたちによって、椿茶や椿油など、新たな商品が生まれています。
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鹿波椿保存会の楠さん
「椿油は実を半年ほど乾かし、きれいに皮をむき、冬の時期に絞り出すんです。手間暇がかかるわりに量はたくさん取れないんですね。だからといって、自生しているものなので、量を増やそうと新たに植えるものでもありません。実がつきやすいよう間伐するなど、自然に手を加えすぎないようにしています」と楠さん。
コレステロール値の低下や動脈硬化の予防に効果があるオレイン酸が豊富な椿油は、若い女性に人気。地元のサロンでオイルトリートメントなどに使われているほか、パッケージ化した商品の販路開拓も進めています。
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おしゃれなパッケージはプレゼントにも良さそう!
お母さんの手づくりの味が楽しめる、廃校を活かした食堂
そろそろお昼時。おなかを空かせた一行が向かったのは、能登鉄道「穴水」駅から車で10分ほどの場所にある「かあさんの学校食堂」。廃校となった小学校を利用した、地元のお母さんたちが手がける食堂です。
なかではお母さんたちがまさに調理の真っ最中です。
ここで出されている食事は、能登でとれた新鮮な野菜や魚介類を使い、手間暇かけてつくったもの。どれもやさしい味で、ランチはもちろんお弁当の注文もひっきりなしだとか。
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この日のランチは里芋のコロッケやメギスのつみれ汁、そうめんかぼちゃのサラダ、“いしる”という能登の魚醤を使った焼きイカなど
「かあさんの学校食堂」ができたのは2013年。5年前に兜小学校が廃校となり、この場所で何かできないかと地元に住むお母さんたちの間で話が出たのがきっかけでした。もともと料理に関わる仕事をしていた人が多かったことから食堂を開くことに。穴水町役場のバックアップのもと無事オープンした食堂には、町内の人だけでなく県外や海外からもお客さんが訪れます。
現在の状況を代表の泊ひろ子さんはこう語ります。
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「かあさんの学校食堂」代表の泊さん
「この食堂は私たちにとっても元気になれる場所。オープンからずっと6人でやっていますが、いずれは仲間を増やしたいと思っています。また、この地区では野菜をつくっている人が多く、能登の里山でとれる美味しい野菜をもっとたくさん使うことで循環させていきたいですね」
「かあさんの学校食堂」では味噌づくりや、能登の伝統料理・かぶら寿司づくりの体験も行っているそう。お母さんたちのチャーミングな笑顔に癒された一行なのでした。
能登の自然を活かし、美味しさを追求する「能登ワイン」
ところで、能登半島ではワインがつくられているのをご存知でしょうか?次に訪れた場所は穴水町の北部にある「能登ワイン」。ここでは東京ドーム6個分の敷地にぶどう畑が広がっています。
穴水町でワインづくりがスタートしたのは2000年のこと。北海道のワイン生産者から技術提供があり、ぶどうを育て始めました。今では年間15万本を生産するまでになりましたが、ワイン業界ではまだまだ小規模だそう。
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ぶどう畑には肥料の一部として能登半島で捕れた牡蠣の「殻」が使われています。
数々のワインコンクールで受賞している能登ワインですが、生産したうちの9割が県内で消費されてしまうため、都市部ではなかなか出会うことができない貴重なワインなのです。
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ワイナリーでは試飲もできます。
2018年10月からワインの表示ルールが厳格化したことで、国内のぶどうを85%以上使ったものしか「国産ワイン」とは名乗ることができなくなりました。能登ワインは100%地元のぶどうを使った、まさに純・国産ワイン!ほかのワイナリーと情報共有をしながら、より美味しいワインを追求し続けています。
現在19組待ち!?きめ細かいマッチングで納得いく移住を実現
今回のフィールドワークでは穴水町だけでなく、隣の能登町にも訪れました。2005年3月に3つの市町村が合併して誕生した能登町も、移住者から注目を浴びている地域です。能登町・地域戦略推進室の吉田源一郎さんと能登町定住促進協議会の森進之介さんに、能登町での移住定住に向けた取り組みについて伺いました。

森さん(左)と吉田さん(右)
「能登町では起業や子育て、田舎暮らしが目的で、年間200件ほどの移住相談を受けます。のと里山空港ができたことも影響し、特に関東方面からの問い合わせが増えていますね。空き家の数は多いのですが、すぐに住める状態の空き家が全体の1%程度とまだまだ少ないので、まずはここを整備していきたいと考えています」と吉田さん。
さらに能登町を語る上で欠かせないのが、独自の祭礼文化。能登町では各地域で行われる「キリコ祭り」や祭りの日に近隣の人を招いてもてなす「よばれ」という伝統文化があり、この風習に馴染むことができるかどうかも、移住の大きなポイントになるそうです。

夏になると、能登町のいたるところで大きな奉燈「キリコ」がまちを練り歩く
移住者のコーディネートを行う森さんもこう語ります。
「集落の文化については特に時間をかけて丁寧に伝えています。移住した後に『こんなはずじゃなかった』となってはお互い不幸ですからね。希望者へのヒアリングを重ね、その人に合った地区を紹介しながらマッチングを進めていくので、長い人だと移住まで2年くらいかかることもあるんですよ」
現在、移住希望者が19組待ちの状態だという能登町。移住後の暮らしまで寄り添う丁寧なコミュニケーションが、これからの移住施策の大きな鍵になることを実感したのでした。
地域の新たな交流の場に生まれ変わった築400年の庄屋
最後に向かったのは、のと里山空港から車で15分の場所にある能登町岩井戸地区。築400年の天領庄屋「中谷家」を訪ねました。
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約2,000坪の敷地には母屋、土倉、離れ、奉公人部屋、湯殿、馬屋など6棟の建物がある
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昔は母屋への入口が小作人と領主で分けられていたそう。中谷家の格式の高さを感じる
江戸時代、幕府の直轄領である「天領」として、領主と村人たちの潤滑油的な存在を担ってきた中谷家。12代当主である中谷直之さんは、2013年から中谷家を中心とした新たな地域交流の場を生み出しています。
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「中谷家は継ぐというよりも“預かる”感覚なんです」という中谷さん。
「中谷家は、先代である私の父の頃に開放して観光事業をはじめました。しかし、両親が相次いで他界。老朽化が進み存続が危ぶまれましたが、歴史のあるこの中谷家を後世につなぐためには、地域の人たちが集う交流の場にすることが必要ではないかと考えました」
中谷さんは、丸の内朝大学の有志メンバーとの交流事業や地元の工芸作家による「ものづくり展」、地域の人たちが農産物を持ち寄って販売する「土間市」を中谷家で開催。さらに、穴水町で蕎麦屋をしていた方に声をかけ、中谷家でそば処「そばきり仁」を開いてもらうことになりました。
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土間市には地元でとれたさまざまな野菜が並ぶ
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囲炉裏部屋は蕎麦を食べるスペースとしても使われている
「中谷家は、もともと村の人々が気軽に足を踏み入れるような場所ではなかったそうです。しかし、今ではお蕎麦を食べにきてくださったり、縁側に入ってきてお茶を飲んだり景色を見たりしてもらうことで自然と交流が生まれ、情報交換の場にもなっています。中谷家だけでなく地域全体が活性化するような取り組みも進めていきたいですね」
400年の月日が育んだ場所の力を活かし、多くの人を巻き込みながら、中谷家はまた新たな歴史を刻んでいきます。
2日かけて穴水町と能登町をめぐった今回のフィールドワーク、いかがでしたか?能登半島ならではの里海里山の自然やここで暮らす人たちの営み、そして地元への想いが新しい動きを生み出し、地域全体の活性化につながっているのだと実感しました。能登半島は今牡蠣のシーズン真っ只中!みなさんもぜひ足を運んでみてください。