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2021年3月22日 石原藍

漆に魅せられ輪島へ。この土地の人になるまでの10年

能登半島の北西にある石川県輪島市は、豊かな緑と海に囲まれた人口約3万人のまちです。日本が誇る伝統工芸「輪島塗」も市の中心産業のひとつ。漆という日本固有の素材を使った作品にひと目惚れし、ここで漆作家として作品をつくっているのが、今回ご紹介するふくづか まりさんです。輪島に移り住んで、今年で10年目。このまちでの暮らしについて伺いました。

漆芸はコツコツものづくりをしたい私にぴったりだった

「ほかの人とはちょっと違うことをやってみたかったんです」

昔から手を動かして何かをつくるのが好きだったふくづかさん。最初は家具職人を志していたものの、行きたいと思っていた芸大には木工科がなかったそう。代わりに目にとまったのが「漆芸」でした。

「漆芸って何だろうと調べてみたら、すごく綺麗な作品が出てきたんです。まずは見た目の美しさに魅了されてしまいました」

いくつもの工程を経てつくられる優美な漆器(石川県観光連盟)

いくつもの工程を経てつくられる優美な漆器(石川県観光連盟)

さまざまな技法があり、複数の工程を経てつくられていく漆芸は、「コツコツものづくりをしたい」と考えていたふくづかさんにぴったりのものづくりでした。こうして進学した短大では漆芸を学び、卒業後は東京の百貨店に入っていた輪島塗の漆器店で販売の仕事に携わります。

「自分でもつくってみたい」思いが募り、輪島へ

「輪島塗」は1000年以上の歴史を持つ伝統工芸品の一つ。「蒔絵(まきえ)」や「沈金(ちんきん)」といった美しい加飾方法が高く評価され、日本を代表する漆器の一つとして広く知られています。

大永4年(1524年)につくられた現存する最古の輪島塗は、輪島市内の重蔵神社に保管されている

大永4年(1524年)につくられた現存する最古の輪島塗は、輪島市内の重蔵神社に保管されている

大好きな漆器にかかわり、輪島塗のことを伝える仕事は楽しく、充実する日々。しかし、ふくづかさんのなかで次第に「自分でもつくってみたい」という思いが募ってきます。

そんな時に大学の先輩づてで知ったのが、「輪島漆芸技術研修所」。輪島塗の伝統技術を学ぶ教育機関です。

「住んだこともない輪島に飛び込むのは勇気がいりました」というふくづかさん。しかし、好奇心と冒険心に背中を押され、2011年4月、輪島へ移り住みました。

何でもやってみたいから、いきなり独立

研修所の在籍期間は2年。当初、修了後は東京に戻る予定だったというふくづかさんでしたが、輪島で漆芸家として歩み始めます。いきなりの独立。なかなか勇気のいることですがふくづかさんにとっては自然な選択でした。

「漆芸には下地や塗り、蒔絵、沈金などいろんな工程があります。どこかの工房に弟子入りする選択肢もあったかもしれませんが、そうすると一つの工程しかできなくなる。漆に関することなら何でもやってみたかったので、独立したんです」

「家でコツコツつくる、昔からそんな生活がいいなと思っていました」とふくづかさん

「家でコツコツつくる、昔からそんな生活がいいなと思っていました」とふくづかさん

独立といっても、はじめの頃はコンビニでアルバイトをしながら、金継ぎや蒔絵など職人さんから頼まれた仕事をこなす日々。それでも漆芸に携われるならそれだけで十分楽しかったと振り返ります。

漆芸に使う漆。赤や黒だけでなくカラフルな色が揃う

漆芸に使う漆。赤や黒だけでなくカラフルな色が揃う

もちろん、頼まれた仕事だけではなく自分の作品づくりも進めていたふくづかさん。卒業して1年ほど経ち、たまたま友人とイベントで作品を出品したところ、反応も上々。金沢の雑貨店から「店に商品を置かせてほしい」と声をかけられ、さらに活動の幅が広がっていきました。

知恵と工夫にあふれたものづくり

現在、『URISHI ひとしずく』という屋号で活動しているふくづかさん。自宅の工房にお邪魔し、作業の様子を少し見せていただきました。

コンビニのアルバイト時代に大量に捨てられていた牛乳パック。「もったいないから」と作品づくりに使用したところ、丈夫な下地に適しており今では手放せない材料に

コンビニのアルバイト時代に大量に捨てられていた牛乳パック。「もったいないから」と作品づくりに使用したところ、丈夫な下地に適しており今では手放せない材料に

「ほとんどの作業が机の上でできるのが漆芸のいいところ」とふくづかさん

「ほとんどの作業が机の上でできるのが漆芸のいいところ」とふくづかさん

漆は湿度で乾くため、「風呂」と呼ばれる木の箱に作品を入れ、漆の硬化に必要な温度と湿度を保つ

漆は湿度で乾くため、「風呂」と呼ばれる木の箱に作品を入れ、漆の硬化に必要な温度と湿度を保つ

下地に牛乳パックを使ったり、蒔絵筆の代わりに水彩画用の筆を使ったりと、ふくづかさんのものづくりは輪島塗の技術を取り入れながらも、知恵と工夫にあふれています。

小さなブローチやピアス、へアクセサリー、お箸など漆を施した作品の数々は、これまで漆になじみがなかった人も気軽に手に取れるデザイン。価格もリーズナブルでファンが多いのも納得です。

蒔絵の技法を取り入れたピアス

蒔絵の技法を取り入れたピアス

鮮やかな朱色が美しいブローチ

鮮やかな朱色が美しいブローチ

 

つくるだけじゃなく、伝えたい

『URUSHI ひとしずく』の作品は、石川県輪島漆芸美術館や県内のセレクトショップなどで販売されていますが、なかでもふくづかさんが作品を伝える場として大切にしているのが「輪島朝市」です。

日本三大朝市の一つ。平安時代から400年以上続く輪島朝市

日本三大朝市の一つ。平安時代から400年以上続く輪島朝市

地元の人を中心に200以上の露店が軒を連ねる輪島朝市。県外出身ということから、はじめは朝市に出店する勇気がなかったというふくづかさんでしたが、朝市通りにある家具店の一角を間借りして販売するなかで、地元の人たちとのつながりが生まれ、3年前から朝市に店を出すようになりました。

「朝市で魚や野菜を売っている地元の方と話したり、屋台を組み立てを手伝ったり、当初は自分にできることをやりながらいろんな人と積極的にかかわるようにしていました。今では顔馴染みの出店者さんも多いですし、何よりも朝市にやってくるいろんなお客さんとのやりとりがすごく楽しみなんです」

朝市通りの一角に屋台を出すふくづかさん

朝市通りの一角に屋台を出すふくづかさん

朝市の通りでは「見ていってくださいねー!」と元気よく声をかけるふくづかさん。お客さんが足をとめるたびに漆のこと、輪島のことを楽しそうに語ります。

職人のなかには、つくるのは得意でも伝えるのは苦手という人が少なくないそう。どちらも大切にしているのは、ふくづかさんならでは

職人のなかには、つくるのは得意でも伝えるのは苦手という人が少なくないそう。どちらも大切にしているのは、ふくづかさんならでは

 

このまちに居続けた理由とは

2年だけのつもりだった輪島での暮らしも、気がつけば今年で10年目に。輪島の何が気に入ったのかとたずねてみると、「とにかく居心地がよくて」とふくづかさんは答えます。

「自転車で回れるくらいコンパクトなまちだし、食べ物も美味しい。でも一番は人。地元の人たちとかかわってみると、県外の人に対してもウェルカムな雰囲気。だからこそずっとこのまちに居続けられたんだと思います。新しいことを始めようとしてもすごく応援してくださる。自分のやっていることをちゃんと見ていてくれるのは心強いですね」

「まりんちゃん」と、ことあるごとに声をかけてくれる地元の人たち

「まりんちゃん」と、ことあるごとに声をかけてくれる地元の人たち

一昨年には研修所時代の仲間と結婚し、新たな生活がスタートしたふくづかさん。「これから輪島でどんなことをやっていきたいのか」と最後の質問をぶつけてみました。

「このまちがもっと有名になって、『輪島っていいね』『おしゃれだね』って言ってもらえるようなお手伝いができればいいなと思っています。たくさんの人に輪島に来てほしいし。自分が感じたこのまちの良さを多くの人と共有したいですね」

そう語るふくづかさんは、もうすっかりこの土地の人の顔になっていました。

取材先

ふくづか まりさん

1985年 東京下町生まれ。千葉県船橋市育ち。女子美術大学短期大学部で3年間乾漆技法や塗りなどの技法を学ぶ。都内百貨店の漆器店で5年間販売の仕事に携わった後、石川県立輪島漆芸研修所にて2年間、蒔絵などの技法を学び、卒業後に独立。2015年『URUSHI ひとしずく』を開店した。

https://urushi-hs.tumblr.com/

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私が紹介しました

石原藍

石原藍大阪府豊中市出身。フリーランスライター兼プランナー。 大阪、東京、名古屋と都市部での暮らしを経て、現在は縁もゆかりもない「福井」での生活を満喫中。「興味のあることは何でもやり、面白そうな人にはどこにでも会いに行く」をモットーに、自然にやさしく、自分にとっても心地よい生き方、働き方を模索しています。趣味はキャンプと切り絵と古民家観察。

人と風土の
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 「風土」という言葉には、地形などの自然環境と、 文化・風習などの社会環境の両方が含まれます。 人々はその風土に根ざした生活を営み、 それぞれの地域に独自の文化や歴史を刻んでいます。

 過疎が進む中で、すべての風土を守り、 残していくことは不可能であり 時とともに消えていく風土もあるでしょう。 その一方で、外から移住してその土地に根付き、 風土を受け継ぎ、新しくつくっていく動きもあります。

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