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2020年12月27日 ココロココ編集部

伊豆半島の小さな漁村・戸田に「深海魚直送便」がつくる漁業の新しい道

2020年、様々な分野で様々な人たちが新型コロナウイルスの影響を受けました。

静岡県沼津市で漁業に携わる人々も例外ではなく、観光客の減少により飲食店が閉店、魚を買ってくれる先がなくなり、漁に出ることができなくなりました。

そんなとき、沼津市戸田地域で「深海魚直送便」が始まります。

この直送便には、予想以上の反響があり、売り物でなかった深海魚をもとに新たな販路開拓ができたことで、全国から注目されています。

深海魚が生活にある街、沼津市戸田

「深海魚水族館」があるなど、深海魚ブームも巻き起こした静岡県沼津市。その中心部から海岸沿いに伊豆半島を南下すること1時間余り、半島の中ほどにあるのが沼津市戸田地区です。

ここには「タカアシガニ」という、深海に生息する世界最大のカニが水揚げされることで有名な「戸田港」があり、漁港を中心として小さな町が広がっています。

今も漁業関連の祭礼に漁村の文化が色濃く残るこの町では、深海魚ブームが巻き起こる以前から、深海生物が身近にある生活が営まれてきました。

その代表格である「タカアシガニ」は、底引き網の一種である「トロール漁法」で主に捕られており、その希少さゆえ、最高級のカニとして珍重されています。深海魚漁も行う戸田の港では、早朝に就航したトロール漁船が夕方に帰港して、水揚げを行っています。

そんな水揚げの場に、紅一点の存在として日々足を運ぶのが、「深海魚直送便」を仕掛けた青山沙織さん。青山さんは沼津市の「地域おこし協力隊」隊員として、2018年4月にこの戸田に配属され、「深海魚の魅力を全国に発信する」という役目を担っています。

子どもから研究者にまで広がる「深海魚直送便」

「深海魚直送便」は、その名の通り、戸田港で水揚げされた深海魚の直送便です。

深海魚直送便:https://shinkaigyo.myshopify.com/

これは国内ではおそらく初めての、深海魚を消費者の家に直送する冷蔵便。深海魚は鮮度を保つことが非常に難しく、市場に出回ることは稀ですが、この深海魚便では夕方、戸田港に水揚げされた深海魚をすぐに箱詰めし、早ければ翌日の午前中に客先に着くようにしています。

この直送便では、味の良い魚を詰めた「普通便」と、食味は二の次で、「見た目」を重視した「へんてこ便」の2種類を用意。この「へんてこ便」には市場に並ぶことのない希少な魚も数多く入っているため、深海魚マニアや大学などの研究者、または、魚類に興味をもつお子さんがいる家庭などに珍重されているのだとか。

空っぽの水槽がある建物を任された、最初の4月

まずは、深海魚の展示やグッズ販売、深海魚の情報展示などを行うオープンスペースで、青山さんの拠点の一つ「ヘダトロール」を訪れ、青山さんのこれまでについて伺いました。

「前はメーカー勤務で、普通の会社員をしていました。別にその仕事が嫌だったわけじゃないんですが、芸大で服飾デザインの勉強をしていたので、前から“ものづくりをやりたい”という思いが強かったんですね。それで、革製品を作る勉強をしていたんですよ、仕事をしつつ。」

「そんな時に、地域おこし協力隊という制度を見つけて、『これだったら、ものづくりにもチャレンジできるんじゃないか』って思って、沼津市役所で面接を受けて、協力隊になりました。」

そもそも、兵庫県出身で沼津にも伊豆半島にも縁がなかった青山さん。もちろん深海魚のこともまったく知識を持たないまま、協力隊としてのスタートを切りました。

「最初の年の4月に空っぽの水槽があるだけの『ヘダトロール』に到着して、『あとはよろしく!』って感じだったんです。なにも無いし、何もできなくて困っていると、漁師さんの間で『何もわからない子が深海魚の水槽やってるよ』みたいな噂が流れて、見に来てくださる方が『こんなんじゃダメだよ』っていう感じで、教えてくれるようになったんです。」

そこから徐々に漁師さんとの交流が生まれ、輪が広がって、今では珍しい魚が生きたまま上がれば、漁港に入る前に連絡をもらえるような関係に。「ヘダトロール」には、いつでも珍しい魚を見られるような、「ヘダトロール mini水族館」が出来上がりました。

地元に溶け込むことでやりたいことを叶えていく

今ではすっかり深海魚通の青山さんだが、着任時はまったくの素人。そんな彼女が、どうやって地元に溶け込んでいったのでしょうか。

「最初から、やりたいものづくりをやって籠っていると、“私という人”が認識されないと思ったんです。なので、就任1年目はとにかく外に出るように心掛けていました。」

「この時に関わったのは、『駿河湾の深海魚アートデザインコンテスト』という絵を募集するコンテスト企画や年に2回の『深海魚まつり』という地域のイベントのお手伝いです。2月に行われる『深海魚大学』のイベントは予約制で、100人くらいしか参加できないイベントを開催していたのですが、『せっかくならそこをお祭りの場にして、もっと多くの方が参加できるような形にできたらいいんじゃないか』と思い立って、『深海魚フェスティバル』を新しく作りました。2019年が第1回目で、今年も(コロナ前の)2月だったので、第2回目を開催できました。」

新しいお祭りを行っていく中で、青山さんの頑張りを目のあたりにし、地元の人々の見る目も変わってきました。

「今では、漁協の方に『卒業したら漁協に入ればいいよ、雇ってあげるから』って言って頂けるくらいにはなりました」と笑顔を見せる青山さん。

コロナ禍の中でスタートした「深海魚直送便」

こうして、協力隊として3年目を迎えた今年の春、新型コロナウイルスの影響が出始めます。これが「深海魚直送便」スタートのきっかけとなりました。

「以前から『深海魚を買いたいけれど、どこで買えるのかが分からない』という声がけっこうあったんです。そんな時にコロナ禍になって、『買い物に行くのが怖い』という人が増えて、観光客が減った結果お店が閉まって、漁師さんも漁に行けず困っていて。それだったらもう、深海魚を家庭に直送便で送ってしまったらどうかなって思ったんです。」

深海魚便のプロジェクトがスタートしたのは、2020年の4月も半ばのこと。しかし、戸田のトロール漁は5月半ばで禁漁期に入るため、青山さんはすぐに実行に移すために一部の漁師さんにお願いをし、4月の末に、第1回目の深海魚便を受注・発送しました。しかしこの時の動きに、ちょっとした波紋もあったそうです。

「時間がなかったので、一部の漁師さんにだけ声をかけて、お試しでやりました。ただ、全部の船にお声掛けをしなかったので、よく思わなかった方もいらっしゃったようで…。でも、その方も今は自分で違う形ではありますが深海魚の直送便をやられていて。結果として、地域に新しい事業が生み出せたってことで、良かったのかなと思っています。」

一方で、切実な課題もあるという。

「夕方4時過ぎに船が戻ってきて、これを5時までに詰めて発送しなくちゃいけないので、1日に発送できる数が限られてしまうんです。だから、急にわっと注文が来ると、発送まで何週間もお待たせしてしまうことがあるし、逆に魚が余ってしまうこともあり、せっかくの漁師さんの苦労が報われないこともあって。その辺りが今後の課題ですね。」

悩みを語る青山さんだが、その顔はなんだか明るい。

今までゴミとして捨てていたものが、売り方を変えたら商品になった

禁漁期間が明けた秋になって深海魚便を再開すると、ふたたび多くの注文が舞い込んできました。今は漁協の協力も得ながら、事業も軌道に乗ってきました。

2種類のセットがある中で、リピート率が高いのは「圧倒的にへんてこ便です」とのこと。青山さんも漁協も、これはまったく予想していませんでした。

「漁師さんから『売れないと思っていたものがお金になって、助かった』という声もいただいていますし、受け取った方からも、SNSなどで温かな声援を沢山いただいています。私たちとしては、最初は食べられるものを送るという形で始めて、おまけでグソクムシを入れたりっていうことをやっていたんですけれど、『食べられないものだけの箱を、売れなくてもいいから試しにやってみようか』ってなって、遊び心で始めたのが『へんてこ便』なんです。最初は売れないと思っていたんですけれど、これが売れて、びっくりしています。有名な大学から、まとめて注文を頂いたりもしています。」

この「へんてこ便」に入れられる深海魚たちは、以前は網を上げたその場で海に返されていたものだという。

「『木も砂もいっぱい引っかかっている中から、食べられる魚だけを拾う』というのがトロール漁なので、慣れている作業と逆のことを漁師さんにお願いしていて、すごく手間がかかるんです。しかも短時間でやらないと傷んでしまうんですね。なので、時間内に食べられるものだけを拾って、残りは海に返すようにしていたんです。」

食用にならないうえに、環境変化に弱い深海魚をあえて獲ってくることは、漁師さんにとっても一苦労です。

「でも今はちょっと変わって、珍しい深海魚があれば、それがお金になるわけなので、拾ってきて頂いています。もう何十年もやっている漁師さんからは、『目がおかしくなるから勘弁してくれ』って言われますけれど(笑)。」

「深海魚直送便」によって、新しい販路を開拓した青山さん。地元メディアを中心に、取り上げられることも増えました。

産業が限られている漁村で、今後の光となる新しい事業が生まれた効果は小さくありません。今後も継続していくことも期待されています。

ものづくりへの想いを形にして次の展開へ

地域おこし協力隊の任期は残りわずか。今後は、何をしたいと思っているのでしょうか。

「退任後も、戸田で暮らしたいと思っています。いまは協力隊として、沼津市からお給料を頂いていますけれど、終わればそれも無くなるので、自分で生計を立てられるように、深海魚の専門のショップみたいなものを作れたらいいなって思っています。観光もできて、深海魚直送便も発送できて、グッズも売っている、みたいな。」

青山さんは、今も携わっているイベント業務や直送便の運営に加え、2年目からは深海魚グッズの制作と販売も始めています。

ヘダトロールのデザインをもとにしたグッズのほか、青山さんが自分で一からすべてやっているものは、深海魚の樹脂標本と、これから商品化する予定のサメ革製品。しかし、これがなかなか大変なのだとか。

「もともと革の勉強をやっていたので、深海のサメの革を使って何か作りたいなと思って、いま、試作をしているところです。

サメの皮ってザラザラなんですが、これが、なかなか取れないんです。皮を革にするための“なめし”を行うタンナーさんにお願いをして、何度かサンプルを作っているんですけれど、なかなか難しくて。キーホルダーとかならザラザラでいいんですけれど、身につけるものだと、そうはいかないじゃないですか。まだまだ先は長いです。」

サメ革製品については、マイペースで商品化を進めていきたいと話す青山さん。いつか商品化に成功したら、戸田の新しい工芸品になるのかもしれません。

大きな変化を味方にして、深海魚の魅力を伝えていきたい

「ものづくり」をやろうと思って協力隊になりましたが、現在は海や大自然と向き合い、漁師さんや漁協の方々と交流する日々。青山さん自身も予想していなかった展開でした。

「私自身の考え方も変わりましたけれど、世の中全体も、今まで当たり前だったことが、全然当たり前じゃなくなってきているじゃないですか。そんな中で、今までと同じことをずっと続けていても、多分ダメだと思うんです。その時の流行だったりを、うまく取り入れていかないと。今は幸いにも、ちょっとした深海魚ブームになっているので、その波にうまく乗りながら、深海魚の魅力を発信していきたいですね。」

深海魚と戸田の魅力を発信するための活動からヒントを得て、新しいことを恐れずに小さくても始めることで、深海魚直送便は実現し、多くの反響を得ることとなりました。

全国各地で漁業従事者の減少、漁業の縮小が課題となる中、戸田ではこの事業が地域でも「新しい稼ぎ方」として認識されつつあります。

「せっかくの縁なので、この街で、いろんな人とつながりを持ちながら、やっていければいいなって思っています。戸田の人って、仲良くなればすっごく優しいんですよ。第二のふるさとみたいな感じです。」

協力隊としての任期はゴールを迎えようとしていますが、青山さんの挑戦は、また新しいスタート地点に立っています。

戸田の漁師さんと青山さんが伝える、深海魚のおいしさと魅力。

深海魚直送便を買ってそれらを感じてみるのはもちろん、戸田を訪れることで、漁村ならではの戸田の文化や深海生物のある生活を味わってみてはいかがでしょうか。

取材先

沼津市地域おこし協力隊 青山沙織さん

兵庫県出身、平成30年度4月1日から沼津市地域おこし協力隊として活動中。戸田地区の「深海魚」を活用した観光コンテンツの企画・運営や新しい特産品の開発などを中心に行っている。

深海魚直送便についてはこちら

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