虫好きの長男に、いろんな虫を見せてあげたい
馬場さんは生まれも育ちも東京。両親も東京と埼玉の出身なので、お盆やお正月に帰る田舎もなく、地方には縁のない都会人として育った。ただ虫や動物は好きだったという。
「今思えば生きもの好きでした。ミミズやクマムシをかわいいと思ったり、生物の実験でショウジョウバエを飼った時もこっそり持って帰って放ったりして(笑)」。
長男が生まれ、多摩川に行って虫や魚を取ったりするようになると、馬場さん自身も忘れていた楽しい感覚が呼び起こされてきたという。図鑑に載っているさまざまな生き物に興味を示す長男を、もっといろんな種類の生き物に触れさせてあげたいと思いが、田舎暮らしを考える直接的なきっかけになったそうだ。
「デザインや建築の仕事をしていて、人間の恣意的な部分ばかりに携わっていることが、上っ面だけなように感じることもありました。土から出てくるもの、食べ物を作ること、そういう暮らしに全く縁が無いことに危機感みたいなものを感じていて。その感覚は、阪神淡路大震災の頃からありました。」
都心の家でこまごま育てていた植物をもっと広いスペースで育てたいという思いや、夫の実家での4世代同居という日々の中、嫁としてはご主人や子ども達と自然の中でのんびり過ごす場所が欲しかったという思いもあり、週末を過ごす田舎を求めて、土地を探し始めた。
毎週末、土地探しに出かけ、南房総に決めるまでにはかなりの数の物件を見学したという。
馬場さんが購入した土地は山林も含め8700坪で、築120年ほどの古民家付き。家と家の間が何十メートルも離れていて、全体では7世帯という小さな集落だ。2007年1月から、平日は東京、週末は南房総と2拠点生活が始まった。
「南房総に来て、これまで見てきたところとは田舎度の深さが違うっていうか、1時間半の移動でこんなに田舎になるいうことが衝撃でした。アクアラインの通行料は数年前までとても高かったこともあり、あまり開発が進んでなかったんですね。それが私にとっては魅力に見えて、これはまさに欲しかったところだなって思いました。」
金曜夜にアクアラインを通って。家族それぞれが思い思いに過ごす南房総の週末
このように始まった週末の南房総生活。実際に、どのように過ごしているのだろうか?
「秋から春にかけては野菜を作ったり、フキノトウやノビル、セリなどの山菜を採ったり、夏は海に遊びに行ったり。ご近所さんとの付き合いも増えて来たので、呼ばれて行ったりすることもありますね。南房総に通い始めた頃、虫好きだった長男は、今は中学3年生になり、自転車に乗ったりサーフィンをしたりを楽しんでいます。小学5年生の長女は料理が好きだから家で料理の係。小学1年生の次女は虫や花が大好き。家族それぞれが、思い思いに楽しんで過ごしています。」
夏に畑をやらないのは、獣にやられてしまうのを防げないからだとか。 獣はイノシシ、鹿、キョン、たぬき、ハクビシン、サル、アナグマなど、クマ以外はだいたいいるという。
「ウリ坊とかちょーかわいいですよ!小さくてお母さんにくっついてちょろちょろしていると飼いたくなるくらいかわいい。畑をめちゃくちゃにしてくれるのも彼らなんので、複雑な気分です(笑)。」
金曜の夜にアクアラインを通って南房総へ行き、日曜の夜、お風呂も入ってすぐ寝られるようにして東京に帰ってくる。
「行き来だけを聞くと大変に思えるかもしれないですが、そのうち慣れるんですよ。向こうにあるのが宿泊施設じゃなくて家なので、くつろいだ気分なのです。ただいま~みたいな感じですよ。」
子ども達が大きくなるにつれ生活スタイルも少しずつ変化している。
最近は馬場さんの南房総での仕事が増えているので、平日に一人で行くこともあるし、子ども達の部活や学校の行事があって週末に行かないこともある。
「今週は絶対に草刈りをしなくちゃ、みたいなタイミングがあるので、そこは外さないようにしながら、融通を利かせてやっています。」
いろいろな人を受け入れる間口の広さが魅力
馬場さんが思う南房総の魅力は「ゆるい」所だという。
「昔から肥沃な土地で食べるのに困らないところだから、房州人はのんびりしています。比較的、外からやってきた人に対して鷹揚で、都心の人には馴染みやすいと広いと思います。あと結構リベラル。いろんな考えの人がいて、たとえば政権に賛成の人もいれば反対の人もいて、それを結構オープンに表現しています。だからといってギスギスせずに、みんなで協力して地域を支えていますしね。その状態が私は好きで、そういう、いろんな人達が同居できる土地柄なのがいいですね。」
地域にとけ込むには、時間をかけて、少しずつ
現在は南房総市の他、鋸南町、館山市、鴨川市の人と連携して活動している馬場さん。地域の方に本当にとけ込むには、やはり年単位で時間がかかるともいう。
「全員と親しくなっているかは今でも微妙です。もちろん双方認識はしているし、悪い関係は全然なく、むしろほどよい距離感がありがたい感じなんですけど。実は、地元の知り合いから、最初はあんまり押しかけていかない方がいいよって教わったんですね。自分からガツガツと自己紹介をしたり、知ってもらおうと前のめりになるよりも、少し時間をおいて、興味を持ってもらってから話をすると、今度はその人が周りの人に話をしてくれる。そっちの方がよほど信頼されます。少しずつ地域の総会とかでお友達になるおじさんやおばさんができてくると行くのが楽しみになって、子ども達がおうちにお邪魔したり、物をいただいたり。ゆっくり、少しずつですね。」
「地域に受けた恩を返したい」とNPOを設立
2拠点生活を送る中で、南房総という地域に受けた恩を皆さんにお返ししたいという想いが強くなり、馬場さんは「NPO法人南房総リパブリック」を設立した。
住民の高齢化が進み、集落の人たちは若くても60代という状況の中で、果たして20年後どうなってしまうのだろうかという危機感があったという。現在メンバーは16人で、7割が都心、3割が現地在住。「南房総リパブリック」という名前には、「リ・パブリック=ふたたび、公共へ」という意味がこめられている。
活動として立ち上げ当初から行っているのが「里山学校」。親子で里山を体験して学び楽しむことが目的。地元の人が先生になって川で生き物を探したり、火おこしをしたり、山菜を採ったりと、都会では体験できないプログラムが用意されている。地元のお母さん達による地産地消のランチも人気。今では大人の参加が増えてきて大人だけの会もあるそうだ。
また、2015年から南房総市と東京大学大学院新領域創成科学研究科の清家研究室と連携して「空き家調査」を行い、市内の空き家や遊休耕作地の有効活用を計っている。特に大事にしているのが、空き家オーナーの気持ちに寄り添うこと。
「空き家を貸さない、売らないっていうけど、複雑な気持ちや状況がそれぞれあるんです。その心情をちゃんと理解して、『じゃあ貸せるとしたらどんな条件?』とか、『この売り時を逃したらこういうことになっちゃうよね』っていう説明を丁寧にすれば、閉ざしていた心をすこし開けられると思うんです。自分が半分外の人間だからやりやすいっていう所もありますね。」
また、これから力を入れて取り組んでいくのが「DIYエコリノベーション」。地域には古民家が多く、冬になると外の方が暖かいというほど家の中は寒い。業者に断熱を依頼すると1棟あたり700万円位かかるのを、DIYで断熱改修をすると50万円位でできることが多いという。第1回目は古民家を使った幼稚園でのワークショップ。市内のみならず全国からの参加者が4日間訪れて行い、大盛況だったという。
「お金が無いからできないじゃなくて、お金が無いならみんなでやればいいよねっていうのを、村社会のようなタイトなコミュニティ運営的なやり方ではない方法で能動的に進めることができないかとずっと考えていて。今回は、それがパチっとはまり、大変充実したワークショップとなりました。「誰もができること」を「みんなでする」というやり方に未来がある気がするので、この方法で何回かやってみようと思っています。」
地元のおじいちゃん、おばあちゃんに楽しいと思ってもらえることを
南房総に通い始めて10年目。馬場さんに今後の予定を伺ってみた。
「私個人でいうと、住み開きをしてみたいなと思っています。誰かと住むという短絡的なことではなくて、広い土地を共同運営するパートナーがいてくれるといいなって思っていて。私達みたいなモチベーションがある人達にはとてもいい場所なので、毎週来たいっていう若い世代の二地域居住者が共に使えるような場所にしていけたらいいですね。」
「NPOとしては、ボトムアップ、活動の裾野を広げることを考えたいです。今、ローカルって色んな意味で注目されていて、事業を立ち上げて優良な先行事例を作りたいという人々の思いがそこかしこにあふれています。もちろん、それにも興味があるし、地域の感度を上げるというのもすごく重要だと思うんですが、どうしても、どうしても気になるのが、そういう流れとは関係のないところにいる普通のおじいちゃん、おばあちゃんやお母さん達。そういう人達にリーチしていきたいというのがあって、住んでいる誰もが生活が楽しいと思えるようなことをやりたいなと。集落の人達と関わっていると、普通に生きる尊さを強く感じますね。」
「実験なんだから失敗もあり」の言葉に救われた。決めつけ過ぎずに柔軟に
最後に、これから南房総に移住を考えている人にアドバイスを伺った。 「子どもに環境を与えたいと思って始めた田舎暮らしでしたが、大人にとっても最高の体験学習の場で、自己啓発的な気付きや視野の広がりがありました。それはきっと大きな財産になると思います。」
「子どもも大人も興味は変わるので、1年目と2年目の気付きは違います。その時のフェーズで自分の考えも変わりますし、あまり最初からガチっと決めつけないで、スタートはこういう気持ちだったけど、今はこうでしょっていうのを修正しながら、なるべく柔軟にやった方がいいですね。私も地元の人に『やめたきゃやめてもいいんだぞ。お前の暮らしは実験だからよ。実験は失敗もありだよ』っていわれて、すごい気が楽になって嬉しかったです。」
2拠点生活を始めて今年で10年目を迎える馬場さん。
「本当に飽きないです。そろそろ飽きるかなと思っていたんですけど、まったく色褪せない。すごいことですよね」。
里山と都市生活者のコネクターとして日々活動を続けている。