土地に生かされる「熊野」
「地域移住ラボフィールドイン和歌山」は全2回シリーズのイベントで、第1回である今回のテーマは、熊野信仰で知られる「熊野」地方。 会場入り口では、熊野の森の植物から抽出した100%天然の和精油、maffablyさんの「熊野の香り」が参加者をお出迎え。五感を使いながら和歌山を感じられる工夫が随所に見られました。
熊野は、自然信仰を生み出した豊かな自然に囲まれた土地。水や空気、大地など、自然からの恵みを直に感じられる距離の近い暮らしがあるからこそ、「土地に生かされている」という感覚が生まれるのだそう。自然の声に耳を傾け、それを活かしていく暮らしとはどのようなものなのでしょうか?熊野の自然、歴史、文化などを感じつつ、ゲストトークへの期待も高まります。
木の国、紀伊国。
紀伊の成り立ち、自然の神道、熊野詣、民俗学との関係など幅広い視点で語られる熊野。
木々が生い茂る和歌山は、7世紀頃から木の国(紀伊国)と言われていたとか。
「日本人らしい生き方とは、自然と対立するのではなく、調和しながら暮らしていくことである。神々が宿る場所は、信仰の拠り所であり、暮らしの根っこなんです。」
落語調での熊野地域概論
熊野について知識を深めた後は、いよいよゲストによるトークが始まります。
最初のゲストは、落語家の熊野亭雲助さん!落語家でありながら、新宮市の職員も務めたという変わった経歴の持ち主でもあります。今回は熊野地域の概論を落語調でお話してくださいます。
落語の「三枚起請」という演目を紹介しながら、実際の熊野の御札(起請)を起点に、平安時代から江戸時代までの庶民目線でみた熊野信仰の歴史を遡ります。平安時代の熊野、京からみた熊野、聖地までの成り立ちなどをお話いただきました。
トークの最後は、謎掛けで。 「熊野への移住」とかけまして、「かつら(ウィッグ)の専門店」とかけます。 その心は「神々(髪々)がお迎えをいたします!」
おあとがよろしいようで…。 会場が拍手と笑いに包まれました。
土地の声に耳を傾ける暮らし
ここからは実際に熊野に移住したゲストからのお話を聞きます。
1人目の移住者ゲストは、新宮市熊野川に移住された、宇澤聡子さん。 大阪生まれ大阪育ちの宇澤さん。もともとは服飾デザイナーをしていましたが、企業勤めに違和感から、思い切って旦那さん・中学生のお子さん・犬一匹と2013年に熊野へ移住。現在ではカフェサロンを運営しながら、ゲストハウスを運営。無添加コスメティックのプロデュースもしています。
宇澤さんの移住のきっかけは、東日本大震災。エネルギーやお金、そして時間を浪費・消耗する暮らしではなく、次世代に自信をもって受け継ぎたいと思える暮らしを大事にしたいと、自然豊かな熊野への移住を決めたそう。
印象的だったのは、「移住クライシス」のお話。
宇澤さんが地域でコミュニティをつくり、子どもも学校にとけこみはじめた頃、旦那さんだけは仕事が見つからず体調を崩してしまい「自分だけ溶け込めない…」と落ち込んだ時期があったそう。 そんな時、宇澤さんは言いました。
「家族は一つのボートにのるチーム。あなただけがバタバタすると沈むから頼むから落ち着いてくれ。」
男は稼がねば、大黒柱でなければ、という価値観が旦那さんを苦しめていましたが、この一言でそんなプライドをいい意味で壊すことができたのだそうです。そんな旦那さんも今では元気に働き、熊野暮らしを楽しんでいます。
地域と暮らしをむすぶおむすび
2人目の移住者ゲストは、東京から田辺市高原に移住された、川崎由依子さん。 40世帯60人の典型的な中山間地域、家のすぐ脇を熊野古道が通る地域で「おむすび屋 じぞうど」を経営しています。
川崎さんは、灰谷健二郎の本を読んだ小学3年生の頃から都会での暮らしにモヤモヤし、自給自足の田舎暮らしに憧れていたそう。 大人になってからは、すぐには地方移住せず、都市農村交流のNPOで働きながら、山梨県の農村に月1回通い、どんなところで暮らしたいかをイメージしていました。
川崎さんは田舎暮らしをはじめるまでに、一年間で5回も現地に通ったとか。移住への準備を少しずつ着実に進めていたんですね。
川崎さん移住までの動き
2014年
4月 桶屋さん訪問
6月 地域の方のお話を伺う、物件下見
9月 稲刈りお手伝い、物件下見
11月 物件契約
2015年
2月 お祭り参加
5月 和歌山へ引っ越し
そして現在、築60年の家の納屋をおむすび小屋にし、地域を「むすぶ」暮らしをしています。 朝5時に起きて、おむすび作り。9時には田畑に向かい、近くの移住者夫婦と共に12枚の棚田を耕します。12時にご飯をたべて昼寝。14時からは、事務作業、家事洗濯、梅をとって梅仕事をしたり、金山寺味噌をつくったり、近所のおばさんのところに遊びに行ったり。18時には夕食の準備をして、棚田に沈む夕日をみる。
参加している研究者のみなさんも、川崎さんの理想の暮らしの話にじっくり耳を傾けていました。
クロストーク 「土地に試される」暮らし
ゲストトークのあとは、3人のゲストによるクロストークへと移ります。地域移住をさらに探求するために、以下の4つのテーマでトークが繰り広げられます。
①命との距離 ②土地に試される ③仕事の在り方 ④移住は哲学?
様々なお話がありましたが、特に印象的だったのは、「土地に試される」熊野について。 それは、熊野川の氾濫に翻弄された宇澤さんのお話からでした。
さんさろカフェをオープンして3か月後に川が氾濫し、まさかのタイミングで床上50センチの浸水に見舞われた宇澤さん。 しかしそこで助けてくれたのが地域の方々。人が集まってみんなで一生懸命お店を復旧しようとしてくれる光景に、何とも言い難い喜びが湧き上がってきたそうです。
大自然の中では「ごまかしが効かない」ことが起きる。土地に試されることがある。しかしそこで落ち込むことなく、熊野の神様は厳しいね、と、地域の人と助け合う暮らしがある。
熊野で暮らし、生きていくということは、誰でもできるわけではない。想定外の自然の大きさに向き合うことで初めて、自分の生き方や暮らし方が試される。
人と自然との営みの深い部分に触れることができたお話でした。
探求ワーク 「暦(こよみ)とおむすび」
研究もそろそろ終盤。ここで川崎さんからさらに自然との暮らしへの知識を深めるべく、暦についてのお話をしていただきました。
暦(こよみ)とは、日読み(かよみ)から来ており、月の流れと太陽の流れに密接に結びついています。
暦上で新月のときは、植物の中にもっとも水分が少なくて樹液が強くなるので、虫がつきづらかったり、 地域の年配の方は竹の皮をとるときには、暦を読んで秋冬の新月の日にとったりするとのことです。
暦と共に季節が巡り、自然の恵みの中にも巡りができる。季節と恵みを「結ぶ」存在としてのおむすびの魅力も語ってくださいました。
ここで川崎さん特製のおむすびが登場。地域のおかあさんからいただいた新生姜、棚田で作ったお米を使っています。塩は和歌山の海で炊いたお塩。お水もわざわざ熊野の高原からもってきてくださいました。
おいしいおむすびを頬張り、研究員もみなさんから笑顔がこぼれます。
研究を終えて
初めての開催となった「地域移住ラボ」。 最後は、シートをもとに各チームで感想を共有して終了。
研究員それぞれが、暮らしとは何かを考えるためのきっかけとなる場になっていたようです。
今の自分の生活に何となく違和感のあるときに、その違和感に対して正直でいられるかが大事ではないだろうかとの声もありました。 人間の根源的な欲求である、自分はどう生きたいのか、を研究した一日となりました。
次回は、10月8日(日)に「地域移住ラボフィールドイン和歌山 第2回高野にある暮らし~自分の真ん中に戻ってこられる暮らし~」が開催されますので、こちらもお楽しみに。