魅力は、何もないところ
「何もないところかな。」
利島の魅力を聞くと、荻野ユミさんは笑顔で答えた。
「何もないけど、時間がゆったり流れている。」
新潟県新発田市出身、ご実家は農家というユミさんは「田んぼの風景が嫌で」進学を機に上京。その後都内でデザイナーとして働いていた。6年ほど前、たまたま出張で都内に来ていた利島村役場の荻野了さんと知り合い、結婚。それを機に利島に移住した。
「彼と出会うまでは、利島の存在すら知らなかった。」というユミさん。初めて利島を訪れた時の第一印象もまた「本当に何にもないところだな」というものだった。
しかし「子育てをするには、のびのびとした環境がいいなと漠然と思っていた」こともあり、やがて利島で暮らすことを決心する。田舎が嫌で東京に出て10年。少しの疲れと、仕事に対するやり切ったという気持ちがあったのかもしれない。「原点回帰というか、環境が変わることが楽しみでした。」
不便さを、自分で作る楽しみに変える
強い西風が吹く冬には、船の着岸率が50%を下回る利島。島の女性にとって、一番頭を悩ませるのは食材の調達だ。
「今日もそうでしたが、1週間船が着かず、物資が途絶えている状況だった。朝の汽笛の音で、『今日は船が着いたー』って、みんな一斉にお店に買いに行きます。食材のやりくりは確かに大変ですね。」
島内の数少ない商店「中村商店」
肉などはインターネットで取り寄せをしているが、それも天気図とにらめっこをしながら、翌週の海の状況を予測して注文しなければならない。船が数日着かない時は、大島からヘリで帰ってくる人に食材を買ってきてもらうこともあるそうだ。
そうした不便さの中、少しでも必要なものを自分で調達できればと、ユミさんは畑を借り野菜を育てている。元々、農業高校出身のユミさん。
「子育てが落ち着いたら、もっと広い畑を借りていろんな野菜を作ってみたい」
ないものは自分たちで作り出す。例えば、島にはパン屋がないが、「島のお母さんたちが作るパンのレベルはすごく高いんですよ。」と了さん。
利島の人たちには、 “何もない”を自分たちで作る楽しみに変える力がある。
島民みんなで子どもを育てる
2015(平成27)年4月、「利島村立小中学校」には8人の子どもが入学、全校生徒27人で新年度がスタートした。実は利島は30代の人口が最も多い。それもあり、数年前から利島はちょっとしたベビーブームだ。荻野さん夫婦の長男・一平くんは今年から保育園に通うが、その保育園にも現在13人の子どもが通っている。また、利島では今年も、3人の子どもが生まれる予定だという。
島の小中学校運動会には、保育園児からご老人まで全島民が参加する
「大げさに言って、『島みんなの子ども』という感じかな。先輩ママたちも可愛がってくれるし、おじいちゃんおばあちゃんもいつも気にかけてくれる。野菜をいただいたり、子どもを預かってもらったり、助けてもらっています。」
島には分娩施設がないため、里帰り出産したユミさんだが、「一平と一緒に島に戻ってきた直後は、だっこさせてほしいと島の人みんなに言われました」とうれしそうに話す。
「子は宝」というが、小さい島では、それがより一層強く感じられるのだろう。
荻野家のリビングには、出産祝いに島の人から贈られた鮮やかな大漁旗が飾られている。この旗を見ただけで、一平くんが“島の子”としていかに愛されているのが伝わってくる。
「そういう人とのつながりが楽しいですね。」
”島のデザイナー”として創作を楽しむ
子育て中ということもあり、しばらくデザインの仕事からは離れていたが、島でただ一人のデザイナーであるユミさんは頼りになる存在。
ユミさんがデザインを手がけたつばき油の広告
椿油のパッケージや広告、今は友だちが新たにオープンする土産物店のロゴなどをデザインするなど、少しずつ仕事を頼まれる機会が増えてきている。
利島のTシャツや手ぬぐいもユミさんのデザイン
「もう評価される仕事は嫌だと思っていたのですが、手伝ってほしいと声をかけてもらえるのはうれしいですね」
何もないゆるやかな時間と人とのつながりは、ユミさんの新たな創作意欲を刺激している。