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2017年11月19日 奈良織恵

最後の稲刈りに行けなくて、めちゃめちゃ残念だったけど、あったかい気持ちになった話

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私の父は、10年以上前に、「田舎暮らしがしたい」といって、縁もゆかりもなかった岩手県遠野市小友町に移住しました。

もともと、両親共に東京生まれの東京育ちで、親戚みんなが首都圏に住んでいる環境で育った私は、30歳過ぎてからてできた「田舎」が嬉しくて、毎年のように田植えと稲刈りに通うようになりました。⇒遠野市小友町鷹鳥屋の紹介

東日本大震災以降は、ボランティアをしに行ったり、東北を応援したい気持ちも重なって、より頻繁に通うようになり、田んぼ仲間もできて、遠野は私にとって、文字どおり、第2のふるさとのような場所になりました。
いま私が地方に関わる仕事をしてるのも、父の移住に大きな影響を受けているといえます。

▲今年の田植えの様子。仲間たちと。

そんな遠野での暮らしを「今年で最後にする」と父が言い始めました。

今はまだ、元気に農作業をこなせる父ですが、身体が元気なうちに、まわりのみなさんに面倒をかけないうちに、戻るんだそうです。

せっかくできた第2のふるさとがなくなってしまうのは寂しいし、毎年すっかり恒例行事になってる田植えや稲刈りがなくなってしまうのも残念。

でも、言い出したらまわりが何を言ってもきっときかないし、
私が浪人したときも、就活もせずにブラジルに行ったときも、いい歳して家庭も持たずにフラフラしていることさえも、何も言わずにやりたいようにさせてくれる両親なので、私が口を出すことではないんです。

ということで、今年は遠野での最後の稲刈り!!

絶対に行きたいところだったのですが、今年度はほぼ毎週末に、仕事が入ってしまうほどのイベントラッシュでして…
稲刈り予定日も、複数イベントが重なっていたので分担して対応せざるを得ず、泣く泣く、最後の稲刈りを欠席することとなりました。

毎年の田植え・稲刈りは、いつも友人や会社のメンバー10人程度で行き、土曜日はめいっぱい作業して、夜はガンガン飲んで(いつも2時くらいまで)、みんなで雑魚寝して、日曜日には作業を完了させて東京に戻る!というのが定番コース。

最後の稲刈りも、娘(私)は行けなかったけど、仲間たちが声かけあって総勢9名で行ってきてくれました!
東京で仕事中の私のところにも、SNSで稲刈りの様子が報告されてきます。

稲刈り作業

▲稲刈り作業中

そして夜の飲み会では、今年が最後ということで、なんと、手作りくす玉(笑)で、両親に感謝を伝える会まで催してくれたとのことで、そんな様子も動画で送られてきました。

いや、感謝を伝えるためにくす玉を手作りするっていう発想はなかった(笑)

手作りくす玉

▲作業後の飲み会にて。手作りくす玉で両親に感謝

実家なわけでもないのに、わざわざ新幹線乗って、時間とお金をかけて、田んぼ作業に行ってくれる仲間たちにも感謝だし、昔からなぜかこんな感じにオープンで、娘不在でも友人たちを受け入れて、勝手に楽しくやってくれる両親にも、ほんとに感謝だなー。なんか泣きそう。

ということで、稲刈りに行けなくて残念だったけど、なんだかあったかい気持ちになった話でした。

その後、稲刈りに行けなかったのが残念過ぎたので、脱穀作業をしに行って新米パーティーしてきた話はまた今度!

遠野の田んぼ、ありがとう。遠野の田んぼ

奈良織恵
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私が紹介しました

奈良織恵

奈良織恵横浜市出身、東京都港区と千葉県南房総市の2拠点生活。 両親とも東京生まれ東京育ちで、全く田舎のない状態で育ったが、父の岩手移住をきっかけに地方に通う楽しさ・豊かさに目覚める。2013年に「ココロココ」をスタートし、編集長に。 地方で面白い活動をする人を取材しつつ、自分自身も2拠点生活の中で新しいライフスタイルを模索中。

人と風土の
物語を編む

 「風土」という言葉には、地形などの自然環境と、 文化・風習などの社会環境の両方が含まれます。 人々はその風土に根ざした生活を営み、 それぞれの地域に独自の文化や歴史を刻んでいます。

 過疎が進む中で、すべての風土を守り、 残していくことは不可能であり 時とともに消えていく風土もあるでしょう。 その一方で、外から移住してその土地に根付き、 風土を受け継ぎ、新しくつくっていく動きもあります。

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