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2019年2月25日 奈良織恵

地域と人をつなぐ移住交流促進スタンプラリー「HEDATE PASSPORT」ができるまで

「スタンプラリー」と聞くと、観光地や道の駅などに置いてあるものをイメージする人も多いだろう。「場所をまわって、スタンプを集めて、特典をもらう」というのが、通常のスタンプラリーの目的・使い方であり、存在意義でもある。

だが、今回出来上がった「HEDATE PASSPORT」は、スタンプを集める過程でのコミュニケーションを重視した、新しいタイプのスタンプラリー冊子だ。

地域への”入口”となるスタンプラリー

舞台となるのは、南房総市千倉町の平舘(へだて)地区。海・町・田畑・山がコンパクトにまとまった小さなエリアだ。
「HEDATE PASSPORT」という言葉のとおり、外から来た人にとって、平舘エリアへの入口、通行券となるように、さまざまな工夫が仕掛けられている。

稲荷山からの写真

平舘エリアの低名山「稲荷山」から地域を一望できる

このスタンプラリーは、ただその場所に行けばよいのではなく、スタンプをもらうための「ミッション」が設けられている。ミッションには難易度があり、ちょっと勇気を出さないといけないものや年に一度しかチャンスが無いものなども含まれているので、すべてを集めるには、何度も平舘に通う必要がある。

地域とつながる仕掛けがいっぱい

具体的にスタンプの中身を見てみよう。

難易度1のものは、「ワイン屋さんでおすすめのワインを聞く」「移住者が営むレストランで食事をする」など、普通に町を訪れた際にクリアできそうな内容になっている。

スナックのページのキャプチャ

難易度3にあるのが「地元のスナックでドリンクを注文する」。
なかなか、一見さんには入りにくい店構えのスナックなのだが、このパスポートがあることで、ちょっと勇気を出して、扉を開いてみることができるのではないだろうか。
一歩入ってママや常連さんとおしゃべりをしてみれば、地域のリアルな情報もわかり、距離もぐっと縮まるはずだ。

イノシシの罠のページのキャプチャ

もっとも難しい難易度5に指定されているミッションは、「朝、区長と一緒にイノシシの罠を見回る」というもの。
平舘区の区長をしている堀江さんに連絡をとり、毎朝の日課としている罠の見回りに同行させてもらうのだ。平舘区内を熟知した区長と一緒に散策をすれば、平舘の歴史や現状、魅力や課題などを詳しく知ることができる。
罠にイノシシがかかっていることは稀だそうだが、もしもかかっていればそのまま解体作業も見学させてもらえるし、冷凍のジビエ肉を分けてもらえることもあるかもしれない。

このように、スタンプミッションひとつひとつに、参加者が地域とつながる、地域に馴染むためのきっかけが仕掛けられているのだ。

スタンプをすべて集めるともらえる特典は・・・?

10個のスタンプすべてを集めた人に用意されている特典も特徴的だ。
普通のスタンプラリーでは、豪華賞品や特産品など、消費するモノがもらえるケースが多いが、「HEDATE PASSPORT」でもらえるのは、「梅の木オーナーの権利」。

梅の木の写真

これは、平舘エリアで120年以上続く商店である「堀江呉服店」さんが、提供を申し出てくれたものだ。すでに成木となっている梅なので、1年目から収穫をして梅干しや梅酒づくりなどを楽しむことができる。ただし、そのためには定期的なメンテナンスも必要。草刈りや枝の剪定などを、地元の人にも教えてもらいながら実施することで、より地域との交流を深めることができるのだ。

「HEDATE PASSPORT」は、地元の人にとっても、外から来た人を知るための1つの目安になるといえる。何度も平舘に通い、10個のスタンプをすべて集めてくれるような熱心な人だったら、地域の人も受け入れやすい。「見ず知らずの人に貸したくない」という空き家も、スタンプを集めた人にだったら貸してくれるケースもあるかもしれない。

スタンプを集める過程で、何度も平舘に通い、10個集めた頃には平舘内に何人も友達ができているーーそんな状態をつくれたら・・・というのが、このスタンプラリーの企画者の想いだ。

はじまりは南房総市が主催した起業家育成講座

この企画が生まれたきっかけとなったのは、2017年に開催された「南房総2拠点大学」だった。南房総エリアで、新しい事業やプロジェクトを始めたい人向けの講座として、南房総市役所が主催し、首都圏在住者を中心に30名が参加した。

2拠点大学メディアコースの様子

南房総2拠点大学2017のメディアコースの様子

この講座の「メディアコース」において、講師である影山裕樹氏による「新しいローカルメディアを考えよう」というワークショップが開催され、そこで参加者から発案されたのが、「移住者が地域になじむためのスタンプラリー」という企画だった。

スタンプラリーアイデア

南房総2拠点大学の企画アイデア

講座は企画発表を行って一旦終了したが、せっかくのアイデアを実現しようと南房総市とココロココ編集部が画策し、当時の講座参加者にも協力を得て、今回の「HEDATE PASSPORT」制作につながった。

地域の中の人と外の人がアイデアを出し合うワークショップ

冊子をつくる過程も、地域の中と外との交流を重視して進められた。
「中の人が伝えたい平舘の魅力」「外の人が面白いと思うポイント」「スタンプがあるからこそ越えられる壁」、それらのバランスがとれたスタンプミッションを考えるために、地域の中の人と外の人を集めたワークショップが行われた。

まず最初に、地域内外の混成メンバーで、平舘のフィールドワークを行った。町チームと山チームの2つに分かれ、地域内メンバーの案内でエリア内を歩く。途中でお店の人や知り合いなどにも話をききながら、外部メンバーは自分の視点での面白さをみつけていく。

その後、チームごとにフィールドワークでみつけた平舘の面白いものをあげて、スタンプミッションを考えていく。このときに出たアイデアがベースとなり、今回の10個のスタンプミッションが決定されたのだ。

「とにかく平舘にきてほしい。そして好きになってほしい」

今回、スタンプラリー企画の対象エリアに平舘が選ばれた背景には、この平舘エリアが、他の地域と同様に高齢化・担い手不足の問題を抱えながらも、独自の取り組みで地域づくりを行ってきた実績があり、本企画にも熱心に取り組みたいという姿勢が評価されたためだ。

区長の写真

平舘の地域活動を中心的に担う堀江区長は、「とにかく一度、平舘に来てみてほしい。そして好きになってほしい。自分にできることは何でもする」と言い切る。
その言葉どおり、今回の「HEDATE PASSPORT」制作にあたっても、地元メンバーへの声がけや調整、企画メンバーとの打ち合わせや案内などを一手に引き受けて尽力した。

このように、地域の内と外が協力して出来上がった「HEDATE PASSPORT」。実際にパスポートを手にした人が、平舘を歩きはじめるのはこれからだが、地域と人との新しいつなぎ方が、どのように実現されていくのか、今後が楽しみだ。

奈良織恵
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私が紹介しました

奈良織恵

奈良織恵横浜市出身、東京都港区と千葉県南房総市の2拠点生活。 両親とも東京生まれ東京育ちで、全く田舎のない状態で育ったが、父の岩手移住をきっかけに地方に通う楽しさ・豊かさに目覚める。2013年に「ココロココ」をスタートし、編集長に。 地方で面白い活動をする人を取材しつつ、自分自身も2拠点生活の中で新しいライフスタイルを模索中。

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 「風土」という言葉には、地形などの自然環境と、 文化・風習などの社会環境の両方が含まれます。 人々はその風土に根ざした生活を営み、 それぞれの地域に独自の文化や歴史を刻んでいます。

 過疎が進む中で、すべての風土を守り、 残していくことは不可能であり 時とともに消えていく風土もあるでしょう。 その一方で、外から移住してその土地に根付き、 風土を受け継ぎ、新しくつくっていく動きもあります。

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