松崎町が取り組む「半農半ITブートキャンプ」とは
「松崎町半農半X促進協議会」(以下、協議会)が現在取り組んでいるのが「半農半ITブートキャンプ」という、農業とともにエンジニア育成に特化した研修プランです。ベースは塩見直紀さんが提唱する「半農半X」という働き方・生き方の概念で、農ある暮らし(半農)に、自分のやりたいことや好きなナリワイ(X)を組み合わせることで心豊かな暮らしを目指すというもの。
松崎町が取り組む「半農半ITブートキャンプ」では、ITをそのXの部分に入れ込むための研修を行うといいます。
ブートキャンプは、基本3ヶ月間。松崎町で暮らしながら、ホームページのメンテナンスや作成、HTML、CSS、Wordpressなど、ホームページ作成に必要な技術の習得を目指します。週5日間働くとして、週2日間がポンカン、桜葉、稲作、野菜などの収穫作業などの農業研修、3日間はIT研修を予定しています。
「このブートキャンプでは、スキルを身につけることで、単なる労働者ではなく、対等に渡り合えるクリエイターを育成し、なおかつ自分にあった働き方ができるようになることが目標。「在宅で働けるリモートワーカーを100人育成すること」をミッションにしています。IT研修は遠隔で、実際に画面を見ながら実技を学べますので、パソコン初心者でもOKです。自動車学校の合宿をイメージしていただけると分かりやすいと思います。」
ブートキャンプ中の宿泊先は町内の「旧山田邸」やゲストハウス、旅館での長期宿泊なども検討中で、宿泊のスタイルは「シェアハウス」が基本。共同生活が初めての方でも安心して暮らせるように協議会のサポートも充実しています。宿泊先は、電気、ガス、水道はもちろんのこと、施錠できる個室とロッカー、寝具貸与、Wi-Fi環境、なども完備。卒業後には習得技術のアップデート研修も定期的に町内で行い、町と参加者との関係性構築にも繋げたいと深澤さんは話します。
さらに、3か月の研修を修了した場合、連携先の企業からの仕事が保証されるとのこと。農とITどちらかだけ、ではなく、農業とITを並行して行うことで、移住や仕事づくりに対して不安のある人にとってはまたとない機会になりそうです。また、地域に入るためのお試し期間として3ヶ月を考えることもでき、町の狙い以上に活用方法はありそうです。
観光・地域資源が豊富な、松崎町ならではの課題
では、なぜ松崎町はこのようなブートキャンプに取り組むことになったのでしょうか。経緯や背景にある課題へと話を進めます。
協議会がブートキャンプに取り組むことになった背景は、人口減少と高齢化という”よくある”課題にほかなりませんが、もう少し掘り下げてみていくと、松崎町ならではの課題が見えてきました。
そもそも、松崎町には、温泉や夏の海水浴、また港で水揚げされる新鮮な魚介、農産物を求めて多くの観光客が訪れます。また、「なまこ壁(※)」が施された建物が今も190棟ほど残っており、風情ある街並みを形成していたり、「石部の棚田」といった昔ながらの美しい原風景も大きな特徴です。さらに、桜餅に使用され、国内需要の7割を出荷する塩漬けのさくらの葉「桜葉」、「幻のぽんかん」と言われる「栄久ぽんかん」など食の恵みも豊富で、多くの観光資源を有しています。※建物の壁面に四角い平瓦を並べて張り、その継ぎ目を漆喰でかまぼこ型に盛り上げる技法。
松崎町の産業構成を見てみると、かつては農業・漁業などの第1次産業が多かったものの、現在は観光業を主体とする第3次産業に従事する人が大半となっています。そこへ、若い世代が働く場所を求めて町外へ出ることで、さらに高齢化が進んでいるのです。
「このまま既存の働き方をしているとさらに人口が減り商店が無くなり、企業が無くなって結果的に働く場所が減ってしまう。この悪循環に危機感を感じました。」
ただ、松崎町が大きな危機感を持ったのは、この働く場所だけでなく、長年受け継いできた美しい景観への影響でした。
「棚田風景が美しい石部地区ではかつてホタルが乱舞していましたが、人の手が入らなくなった影響で山林は荒れ、その姿も見られなくなってしまいました。さらに、町の伝統文化である「なまこ壁」を管理・維持していく後継者の問題も発生してきました。
農業と言っても北海道のような大きな規模感は取れないので、これから農業一本で暮らしていくのは難しいのが現状。さらに「石部の棚田」のような日本の原風景を残すということは、昔ながらの方法を取り入れる必要があるので機械は入れられない…。多くの若い人たちは仕事を求めて街の外で働いている。高齢化が進んでいる街なのですが、結局今も高齢者が体を張って農業と街の伝統を支えている。農業だけでは暮らしていけないけど、守らないといけないものもいっぱい街にはあるからです。」
ホタル、棚田、なまこ壁は、地域の宝であり多くの観光客を集める観光資源ですが、その一方でその資源を守っていくためには多くのコストがかかります。
人手は足りず、資源維持の担い手である農家一本では食べていけない。生活の基盤づくりには、農業以外に経済的な活動が必要な現状に対して、深澤さんたちがたどり着いたのが、「半農半X」という考え方だったのです。
ここから、生きることに直結する「農」を重視した生活を大切にしながら、社会に役立つ「X」に特技や役割を活かす生き方を推進することへ考えをシフト。
深澤さんが所属する「松崎町役場」の他にも、町内の農業関係者や「松崎町観光協会」、伊豆地域の活性化を行う「NPO法人へきちラボ」、飲食店、ゲストハウス運営に携わる移住者等の協力も支えになり「松崎町半農半X促進協議会」が動き出します。
“ここで学ぶ”がキーワード。農×ITのコラボレーションで期待できること
「松崎町は元々地域資源も豊富で、「岩科学校」の歴史があるように学問や文化に対する意識が高い地域。“ここで学ぶ”をキーワードに、場所を選ばずできるITや農業の研修、地域資源である「なまこ壁」の技術習得、木工技術の習得をここでしていただき、町の定住・交流人口や担い手を増やすことが町の活性化に繋がると考えました。」
また、今や全国津々浦々にLTE網が届き、Wi-Fi環境が整備されて、インターネットを介した働き方は一般的に。カフェや自宅、はたまた地方の海辺など働く場所を自由に設定できるノマドワーカー、テレワーカーなど働き方も多岐にわたります。これまではITが必要なかった様々な業界でもITエンジニアが求められるなど、日本中でITエンジニア人材の不足も課題になっています。
地方では人手不足が囁かれる中、都市部から地方へ移住を希望する人が増加傾向で、「内閣府」の調査では、20代の約40%が「田舎に住みたい」という結果も。そのような背景も重なり、ITが町に人を呼ぶきっかけになると考え、農業とともにエンジニア育成に特化した研修プラン「半農半ITブートキャンプ」を企画することとなりました。
「場所や時間、天気に縛られることなく仕事ができるITのポテンシャルにも魅力を感じていました。『半農半ITブートキャンプ』を受講することで街の活性化に繋がることはもちろん、もっと自由に暮らせるようになり、もっと自分らしく働けるのではないか、そう考えました。」
「IT」の仕事はインドア、座りっぱなし、不健康、そんなイメージがあるかもしれませんが、そこへ「農」を取り入れると、適度な運動になるだけではなく、疲れた目を癒す海山の絶景、優しい緑、身体のすみずみまでいきわたってほぐす底知れぬ自然のパワーの恩恵を受けることも期待できるそう。「農業」と「IT」は、地域資源豊かな松崎町だからこそ実現するコラボレーションと言えるかもしれません。
「がっつりと仕事をするというよりは、仕事をしながら観光も楽しむ“ワーケーション”スタイルが理想。技術習得をしながら町を楽しんで欲しいです。定住ではなくても2拠点でも特定の季節だけでも一週間だけの参加でも良いと思います。定期的に町に来てくれる人がいて、松崎町を第二の故郷のように思ってくれる人が増えるのも重要だと思います。新しい生き方や働き方を見つけたい!スキルアップをしたい!という方には是非参加していただきたいですね。」
農業やITのスキルも身につき、卒業後のチャンス拡大は無限大。希望者には町内での就職サポートも可能とのこと。「半農半ITブートキャンプ」は、新しい自分探しやスキルアップを目指す人には興味深いプランと言えそうです。何かを始める時は、思い切ってまずは環境を変えて取り組むのも一つの手段。スキルアップをして自分の可能性を広げれば、企業に雇用されず、場所を選ばず自分時間を過ごすことができる、そんなワーキングスタイルが実現できるかもしれません。
「農業」と「IT」のコラボレーションが生み出す松崎町の新たなポテンシャル。今後も目が離せません。