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2016年9月11日 奈良織恵

学生と地域をつないだ”南房総ゼミ”。物語で地域を発信する新たな手法に注目!

地方創生がうたわれる昨今、大学でも、「地域」や「限界集落」を研究テーマとして、現地フィールドワークを取り入れたゼミが増えている。しかし、この”南房総ゼミ”は、そういったいわゆる地域系のゼミとは少し趣が異なる。

地域活性を主テーマとして社会学的なアプローチを行い、客観的な調査結果とそれに基づく提言をアウトプットするゼミが多い中で、”南房総ゼミ”がテーマとしているのは”物語”。学生は、南房総に関わりのある10人の方にインタビューを行い、その人の人生を自分の中に取り込んだ上で、自分なりの”物語”をつくるのだという。

10年ぶりの再会がつないだ、学生と南房総の縁

ゼミのタイトルは”「シェア」で読み解く個人と社会―分有・共有の物語学(ナラトロジー)”。
”物語学(ナラトロジー)”は、聞きなれない言葉だが、「物語や語りの技術と構造について研究する学問分野」であり、今回のゼミを担当する、明治大学情報コミュニケーション学部内藤まりこ先生の専門分野だ。

内藤先生

「私達は意識的にせよ無意識的にせよ、文学や映画、演劇、漫画等、さまざまな媒体による物語の影響を受けています。例えば、自らの人生を理想の物語の形に近づけようとしたり、有名な物語の登場人物になぞらえることで他者の人生を読み解いたりしています。こうした物語と現実社会との関わりに注目することで、物語をただ読んで味わうのではなく、物語の構造や背景を分析するのがナラトロジーです。

そういう視点でみたときに、日本の近代文学は、圧倒的に都市を舞台にした物語が多くて、地方の暮らしというのは、ほとんど描かれてこなかったことに気づきました。地方から都市に出てきて立身出世していくような、そんな都市生活という制約にはまった作品が多いんです。ほぼ唯一の例外といっていいのが、宮沢賢治ですね。

最近、特に東日本大震災以降は、少しずつ地方の物語も描かれるようになってきたんですが、まだまだ数が少ない。だから、今回のゼミでは、1つの地方をテーマにして、そこに暮らす人・関わる人がどういう人生を構築してきたのかということを、インタビューを通じて物語にしていく、ということをやってみたかったんです。」

ではなぜ、「南房総」だったのか。
これには、内藤先生の中学・高校の同級生である、永森昌志さんが関わっている。

「古い友人の永森くんと、久しぶりに連絡をとったら、南房総に移住して、東京との2拠点生活や古民家を改修して”シェア里山”をつくるプロジェクトなど、面白い活動をやっているという話を聞いて。これはぜひ、ゼミで取り上げさせてほしいと思ったんです」
と内藤先生。

永森さん

内藤先生の相談を受けて、永森さんはこう答えた。
「最初に話を聞いて、面白そうだなって思って、よくわからないけど、『いいんじゃん?』って答えました(笑)。僕も南房総に移住して、まわりの人にお世話になっていたので、南房総に学生さんたちが来てくれることで、南房総が元気になるといいなって。」

「このときの永森くんの 『いいんじゃん?』がなかったら、このゼミは無かったですね(笑)。本当に感謝してます。」と内藤先生も笑う。

2人が最初にこの話をしたのが2015年の6月頃。それから10ヵ月間、内藤先生と永森さんは、密に連絡を取り合い、”南房総ゼミ”の構想を練っていった。

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▲南房総にある永森さんの自宅

「その後の内藤先生の敏腕っぷりがすごくて(笑)。毎週のように南房総に通ってきて、紹介した地域のキーマンともどんどん仲良くなって。南房総市との協定(※)まで取り付けてしまう行動力にはびっくりですよ。」

そうやって、10人のインタビュー対象者とのつながりをつくり、南房総市役所のサポートも受けながら、ゼミの準備を進めていった。

※情報コミュニケーション学部と南房総市は、今回の取り組みが契機となり、今年(2016年)4月に「教育事業に係る連携・協力に関する協定」を締結しています。互いの持つ知見、技術、情報、資源等を活用した連携事業を通じて、同学部における高度情報社会で活躍する創造的な人材育成および南房総市の魅力を外部へ発信することを目的としています。

学生たちが南房総に出会った!ゼミ合宿とインタビュー

4月になり、15人のゼミ生が集まった。出身地はバラバラだが、南房総に地縁のある学生はいない。「南房総に行くのも初めて」「人にインタビューをするのも初めて」と、学生たちにとって初めてづくしのゼミ合宿が、6月の上旬に行われた。

3人1組の班に分かれ、それぞれの班が、2人の対象者にインタビューを行う。対象者は、「ネイティブメンバー(南房総で生まれ育った人)」と「マレビトメンバー(南房総外で育ち、南房総に関わっている人)」に分けられ、どの班も、「ネイティブ」と「マレビト」を1人ずつインタビューする。

インタビューの様子01

学生たちは、インタビュー前に対象者のことをWEBサイトや事前アンケートで調べ上げ、自分たちなりに、対象者の人生年表をつくりあげている。それを踏まえながら、聞きたいポイントを質問していく。

合宿に参加した学生の一人、増尾美来さんはこう語った。

 「私は、築300年の古民家で有機農業と農家レストランを営む方を取材させていただきました。大人の方にインタビューするのは初めての経験で、事前準備はしたものの、当日どうなるかまったく予想がつかず、とても緊張してたんですが、こちらの拙い質問の意図を汲んで、子供の頃の話から、有機農業やレストランを始めた経緯まで、普段は聞けない面白いお話をたくさんしてくださいました。」

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インタビュー以外にも、地元農家さんの農作業を手伝ったり、インタビュー対象者と一緒にバーベキューをしたり、地元の方と触れ合う機会が多く用意されていた。

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「バスで90分程度しか移動していないのに、緑の多さ、空気の澄み方に驚きました。南房総で見た夕日や星空、虹がとても綺麗で、そういえば、大学生になってから空を見ることが少なくなっていたなと、気づかされました。出会ったみなさんが楽しそうに、自分の信念を持って活動されていて、私ももっと自分と向き合おうと思える出会いでした。」
と増尾さん。

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 普段東京の街中で暮らし、同年代の学生に囲まれて毎日を送っている学生たちにとって、南房総という異空間で、自分たちとは全く異なる人生経験を持つ大人の話をじっくり聞くというのは、なかなか出来ない貴重な経験だったようだ。

学生が紡ぎ出した10編の物語

通常のインタビューであれば、その内容を客観的に、事実として分かりやすく執筆していくことになるが、このゼミで創作しようとしているのはインタビュー記事ではなく、物語だ。

「このゼミでは、インタビューで聞いた内容を踏まえたうえで、学生自身がインタビュー対象者に入り込んで、対象者だったらどう考えるか、どう行動するかを想像しながら物語を創作していくんです。」と内藤先生。

完成した冊子

実際につくられた「物語」とはどんなものなのか?出来上がってきたものをみて驚いた。
1本あたり15000字という大作で、もちろんボリュームだけではなく、中身もしっかり物語として構成されていて、なかなか面白く、読み応えがある。

インタビューで聞いた内容を元にしつつも、ハードボイルド小説風のもの、対話形式のもの、インタビュー対象者の40年後を想像して書いたもの、インタビュー対象者が3億円宝くじを当てたところから始まるもの・・・など、所々に創作があり、物語の構成にも、それぞれ工夫がされていた。
また、物語の随所に、学生たちが自分なりに捉えた南房総の風景や人が描き出され、それが通常のガイドブックやインタビューとは違ったかたちで、南房総の魅力を伝えているのだ。

実際に物語を書いてみての感想をゼミ生の大下由佳さんに聞いた。

「田村農園の田村さんという方の物語を担当しました。南房総出身で、大学進学と同時に南房総を離れ、オランダ留学も経験をしてから、戻って就農した方です。伺ったお話を普通に書き起こすのではなく、飼っている猫の視点、主人公の母親の視点などを入れて、物語を構成しました。私にとって物語執筆は2度目の経験で、最初は順調でしたが、途中で表現に行き詰まったりして、何度も手が止まりました。大変なこともありましたが、物語を読んだ方に『泣いたよ!』って言ってもらったことが嬉しかったですね。」

一方、インタビューを受けた側の南房総市役所の真田さんはこう語る。

「高校時代から現在に至るまでの人生について話をしました。他のインタビュー対象者のみなさんは、目標・信念を持って人生を送っている方ばかりなので、高校時代から就職に至るまで行き当たりばったりの人生を学生の前で語るのは、恥ずかしかったです(苦笑)。
できあがった物語については、『よくぞここまでまとめた、あっぱれ!』というのが正直な感想です。90分のインタビューでしたが、私の話を忠実に再現しつつも、ちょっとハードボイルドなカッコいい私も描写してもらって、嬉しかったですね。学生には何度か会っているのですが、2ヵ月間ですごく成長したなと感心しています。」

インタビューをした学生にとっても、インタビューを受けた対象者にとっても、今回の南房総ゼミは、これまでにない経験となったようだ。

物語を次につなげるために。研究成果発表と南房総市への提案

3ヵ月の間、通常の講義のほかに合宿に行き、インタビューを行い、徹夜で文字起こしをして、物語を執筆して…と、学生にとってはかなりハードな内容だった南房総ゼミ。締めくくりのイベントとして、8月11日(木)に、研究成果発表会が行われた。

発表会には、ゼミの学生と内藤先生、インタビュー対象者のほか、南房総や物語に興味がある一般の方も集まった。

HAPON新宿での発表会の様子

会場は、内藤先生と南房総をつないだ、永森さんが運営する「HAPON新宿」。
南房総でとれた野菜や卵が振る舞われた。

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司会進行も含めて、会の運営はすべて学生が主体で行われた。
7月に最後のゼミが終わり、まわりの学生が夏休みに入る中、南房総ゼミの学生たちは、休み返上で発表会の準備にあたったそうだ。

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各物語についての発表があった後、興味を持った物語ごとにグループに分かれて、ディスカッションを行う。力作の物語にお褒めの言葉をもらって、照れる学生の姿もあった。

最後には、今回のゼミを通じて南房総と触れ合った学生から、「南房総への提言」が発表された。もっと若い人が南房総に気軽に関われるようにするための提案として、「免許合宿」での体験アクティビティや「フォトコンテスト」など、学生の視点から、具体的なアイデアが出された。

ゼミが終わっても、学生たちと南房総との関係性は続いていく

学生たちはこの後、今回創作した10編の物語の自費出版を目指して、クラウドファンディングにも挑戦するという。また、南房総ゼミは来年度も開講予定であり、今年度のゼミ生も、さまざまな面でゼミのサポートを続けていくそうだ。

発表会の最後の言葉で、ある女子学生が泣きながら語った。

「実は私、夏休みが終わったら、大学を辞めようと思っていたんです。やりたいことが見つからなくて…。このゼミも、合宿もあるし大変そうだけど、最後の思い出づくりに頑張ってみようかなって思って選びました。でも、このゼミが本当に楽しくて、南房総でのインタビューで聞いた言葉が心に響いて…。今は大学も続けようって思ってます。来年以降も、このゼミにも、南房総にも関わり続けます!」

悩みも多い学生の時期に、地域や人とじっくり関わり合う経験は、彼女だけではなく、多くの学生たちの考えや人生に、少なからず影響を与えているようだ。
学生を受け入れている地域の側も、ゼミがきっかけとなり若い世代の交流人口が増えるなど、嬉しい効果もある。

DSC_0829▲南房総の特産である「鯨」を扱うお店「ひみつくじら」で行われた懇親会の様子。
ここでも、学生と南房総人との交流が行われた

普段は厳しい内藤先生も、
「作文に毛が生えた程度のものしかできないんじゃないかと思っていたけど、南房総のみなさんの協力があって、学生たちが頑張って、ものすごいものが出来ました!」
と、学生たちに賛辞を贈った。

meijiuniv_0519▲内藤先生、ゼミ生、永森さん、南房総市役所の方の集合写真。
先生と学生、都市と地方、行政と民間という垣根を超えたつながりが生まれている

南房総ゼミがチャレンジしたのは、インタビューを通じて、学生が地域や人と深く触れ合い、そこからアウトプットされた”物語”を通じて、地域や人の魅力を伝えていくという手法。

これまでにない地域との関わり方、発信の仕方として、今後も南房総ゼミに注目したい。

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奈良織恵

奈良織恵横浜市出身、東京都港区と千葉県南房総市の2拠点生活。 両親とも東京生まれ東京育ちで、全く田舎のない状態で育ったが、父の岩手移住をきっかけに地方に通う楽しさ・豊かさに目覚める。2013年に「ココロココ」をスタートし、編集長に。 地方で面白い活動をする人を取材しつつ、自分自身も2拠点生活の中で新しいライフスタイルを模索中。

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 「風土」という言葉には、地形などの自然環境と、 文化・風習などの社会環境の両方が含まれます。 人々はその風土に根ざした生活を営み、 それぞれの地域に独自の文化や歴史を刻んでいます。

 過疎が進む中で、すべての風土を守り、 残していくことは不可能であり 時とともに消えていく風土もあるでしょう。 その一方で、外から移住してその土地に根付き、 風土を受け継ぎ、新しくつくっていく動きもあります。

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